Step.35



目覚めた私は、すぐに病室を抜けだした。
呼吸補助器を外して、移動式の点滴に腕を置く。
体は鎮痛剤が効いているのかそれほど痛みはしない。
とにかく、いまは消太くんに会いたい。
消太くんの居場所は、白が付いているからわかる。
階段をひとつ下がり、男性階へと降りる。

「ねえ、コトハ……」
「なに?」

ただ病室に向かうだけで息の切れてしまう私を黒が支えてくれる。
黒は目鼻のないのっぺりとした顔を横に振り、前に向き直った。
512号室。
ノックして音を立てたくなかったため、そのまま引き戸を開けた。
しっかりとカーテンが閉められているが、呼吸補助器と心電図モニターの音だけが一定の間隔で響いている。

「おねえちゃん……」
「消太くんは、大丈夫?」

白がカーテンの向こうから出てきて、こちらを伺いながらゆっくりとカーテンを引いた。
包帯で顔を隠された消太くんは、それでも正常に息をして生きていることを表していた。

「命に別状はないって言ってたよ」

黒がパイプ椅子を引いて私に座るよう促した。
白も黒も、私を心配そうに見ている。
また、私が暴走するとでも思っているのかな。

「消太くんがやられてるの見て、訳が分からなくなった」

真っ先に思ったのは、こいつらを殺さないといけないってこと。
でもそのためにはもっともっと力が必要で、私は、自分自身を傷付けた。
痛みさえあれば黒い感情は幾らでも出てくる。
だからあの黒いバリアの中で、私自身を苗床に感情を補給していた。
もっとも、長引くと本末転倒で、終盤は血が足りなくて朦朧とした意識の中でお粗末なものしか作ることはできなかったが。

「ね、あれはさ、コトハじゃないよね」
「何言ってんの?」
「だって、コトハはそんなんじゃない、でしょ」

黒は縋るように私をみた。
同じ体を使ってるんだから分かってるはずなのに。
あの時私は黒と白を押さえ込んで無理に力を使った。

「あれが私の本質だよ」
「違う!きっともう1人いるんだ!私と、白と、コトハの他に!!悪い奴が!!お兄ちゃんが助けてくれた時だってそうでしょ!?コトハを殺そうとした奴!!」

ずきりと、消耗した心が痛んだ。
思考と感情の扉を開いて、黒を中に呼び込む。
これが私だよ。
絶望しやすくて、利己的で、とても幼稚。
黒は入ろうともせず、私の隣でじっとこちらを見ていた。
受け入れたくないんだ。
私たちの本質がヴィランだなんて、嫌だよね。

「でも、私、変わりたい」

自分のことを平気で傷つけて、人のことも平気で傷つける。
大切なものが少しでも傷つけられようものなら、殺したいという気持ちが溢れ出して、止められなくなる。
暴虐な性格こそが、私の深淵なのだと気づいた。
自分自身の本質を見た時、すごく怖かった。
痛いのが怖かった、消太くんが消えてしまいそうで怖かった、仲間を傷つけてしまいそうで怖かった、自分が怖かった、自分が壊れていくのが怖かった、自分が自分でなくなっていくような感覚が怖かった、自分を抑えられない自分が怖かった。
無数の恐怖を抱えて気づいた。
恐怖は誰かに与えられるものじゃない。
自分が生み出すんだ。
バリアの中にいた時、とても本能に近いところで、ひどく冷静だった。
敵を殺し復讐する、それは崩せなかったが、少しだけベクトルを変えて、みんなを守る動きへと変えられた。
私は中学のあの時よりずっと成長してる。
他を排他して、黒に全てを押し付けていたあの時より、ずっと。

「自分を嘆いて憐れんでるだけじゃ、何も変わらない。切島にも言った。白にも言われた。もう自分から目をそらしたりしない」

白が嬉しそうに同意を表して頷き、包帯が巻かれた左腕にそっと触れた。
消太くんを、ベッドに横たわる傷だらけの消太くんを、目に焼き付ける。
変わりたい。
いつまでもこのままではいられない。
15歳にもなって、自分の個性一つ制御できない私じゃ嫌なんだ。
もう暴走なんかしない。
大切なら、守れるくらい強くなればいい。
復讐なんて後手に回ったことを隠すだけのズルでしかない。
それではいつまでも前に進めないのだ。
恐怖には勇気を、悪意には善意を。
私には、それが出来る。

「黒、私はね……」

私を信じてくれる消太くんをもう二度と裏切ったりしない。
消太くんに誇れる私になりたい。
私は何度も人に助けられてきた。
消太くんに、ひざしくんに、焦凍くんに、そして今日、切島に助けられた。
切島が過去に言った言葉を、私は彼の強い心を真似して繰り返した。

「私は、ヒーローになりたい」



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