Step.37
「どうぞ」
国本に渡されたハンカチで目を抑える。
成長しやがって、コトハども!
「これが、コトハだぜ。ヴィランなんかじゃねえ。あんたらに管理される必要もねえ。あいつは自分で、成長していける、最高にクレバーな奴だ」
病室のドアを背に、俺は言った。
コトハの病室に行けばもぬけの殻で、まさかと思い消太の病室に駆けたのが数分前だ。
中に入ろうかとも思ったが、コトハの声が聞こえてやめた。
自分自身で解決できるとそう確信したから、黒が激昂した時も中には入らなかった。
こいつがコトハを探してここに来た時も、中には入らせなかった。
国本は本当に嬉しそうな顔で笑い、頷いた。
「ええ。私は仕事に戻ります。相澤さんが目覚めましたら私に電話を頂けますか?」
「へいへい、分かったよ」
俺の態度にも国本は笑顔を崩すことなくそれでは、とこの場を去った。
変なヤローだな。
まあ、今はとりあえずひと段落ついた様子のコトハを自分の病室まで連行するか、とドアに手をかけた。
******
面会時間も大幅に過ぎた深夜。
国本が個性を使って病室に防音空間を作った。
「相澤さんが現時点でどの程度今回の事件を把握なさっているのか、僕には分からないので、率直に要点だけをお伝えします」
「ええ」
「予想はされていたかもしれませんが、今回の件でコトハさんの養父に根付いていた種は暴走し、養父の痛みや恐怖を糧に成長していました。ですが、伸ばされたいくつかの針は崩れ落ち、養父の黒いあざもすべて消えました」
「は?消えた、んですか」
国本は穏やかな顔で頷いた。
まるですべてが解決したとでも言わんばかりの顔だ。
「僕は養父がまた苦しみはじめ、黒いあざが広がっている、という連絡を受けてすぐに病院へ向かいました」
その時の病室はとても凄惨でした、と国本は少しだけ顔を陰らせ、つぶやいた。
思い出しているのか、視線は組まれた指先を見つめている。
あざから生み出された長い針は養父の全身に、ただひたすら苦痛を与えるために動いており、コトハの身に何かがあったのだと確信すると同時にもう手遅れなのかもしれないと思ったという。
「僕はしばらく養父を見ていました。最後になると思ったので、養父がどうなるか、黒いあざがどうなるか、見届ける必要があると判断しました」
国本は再び笑顔を滲ませて俺を見た。
「しかし、そうはなりませんでした。針は端から崩壊し、黒いあざもすべて消えました。ここから先は生徒に事情聴取を行った僕の考察というか、感想ですが、コトハさんは死柄木弔という崩壊の個性を持った敵にも、種を植え付けようとしたのだと思います」
意識を失う寸前に見たコトハの笑顔がフラッシュバックした。
殺意にまみれた顔から乖離するように、俺は笑顔のコトハに包まれ意識を飛ばした。
だがもし、あの殺意を持ったコトハが見間違いでもなく、いや、マイクからの報告を聞く限り見間違いではないのだろうが、あの時のコトハであれば、おぞましい種を植え付けようとしても不思議ではない。
「しかしながら、敵の個性によって阻まれ、地下茎でつながった竹のように、本来同一のものであったそれが、逆流というのは適切では無いかもしれませんが、敵の個性に汚染され、崩壊した」
怪我の功名というべきでしょう、と国本は言って個性管理課の判が押された書類を、紙を持って読むことのできない俺のためにテーブルに広げた。
「養父の容体は依然として回復していませんが、種が消えたことと、今回暴走しつつもある程度の制御に至った結果から、個性管理課は観察継続の判断を下しました」
国本が端的に説明した内容が書類に長々と書かれている。
『相澤消太氏の監視下で一定の効果が得られたとし、上記の理由のもと、久地楽コトハの観察を継続する』
締めくくるようなその一文に、俺が一体どれほど安堵したのか誰も分からないだろう。
正直なところ、コトハが暴走したと聞いた時点で、最悪の想定をしていた。
それが、大した咎めも拘束も受けずに現状維持とは。
おそらく国本が必至に暗躍してくれたのだろう。
「お世話になりました。ありがとうございます」
「ああ、そんな、頭をあげてください!傷に響きますから!」
確かに傷は痛むが、国本が焦るほどではない。
下げた頭を上げ、大げさに巻かれた包帯を煩わしく見た。
目覚めてからはすぐに検査と事件の説明があり、幸いにも生徒は緑谷とコトハ以外病院に行く必要もない程度の軽傷だったと聞き、安心と同時に2人は大丈夫なのかと焦燥のままにマイクを問い詰めた。
緑谷は敵からの外傷というよりいつものごとく自損の骨折だったらしいが、コトハの怪我の次第を聞いて青ざめた。
個性の暴走によって傷つけられた全身も心配ではあったが、それよりも左腕にゴーグルを埋め込んだという事実が俺を蝕む。
いや、というよりも俺がヴィランにやられたことこそが、それ程までにコトハを蝕んだのだと察してしまう。
黒とコトハが仲直りをしたとは聞いているが、俺もコトハも要安静ということで顔を見ていないため未だ安心できずにいる。
「コトハの……左腕は、どうでしたか」
「手術を行った医師によると、ゴーグルの欠片の摘出は黒い靄に阻まれてできなかったらしく、そのまま縫合したそうです。……ほんの少し見た程度と前置きしていましたが、血管や皮膚が欠片に癒合していたそうで、例え靄に阻まれていなくても、摘出は難しいと」
癒合。
その響きが嫌に大きく聞こえた。
おそらく、ゴーグル片がコトハの腕から摘出されることは一生ないだろう。
「ですがコトハさん自身は、憑き物が落ちたように、すっきりとしていましたよ。雄英が望んだとおり、壁に当たっては、それを乗り越えたのでしょう」
国本は誇らしげに笑ったが、俺は、素直に頷くことが出来なかった。
今はただ、自分の脳裏に、傷ついたコトハとそれを慰めるマイクの姿が浮かんできて、ただひたすらにイライラした。
- 38 -
*前 | 次#
戻る