Step.40
SHRから浮き足立っていたが、それでも授業はある。
セメントス先生の授業が終わり、やっと昼休みになった。
授業間の休みは皆に質問攻めにされたせいで全く席を立てなかったが、昼にもなればようやくそれも落ち着いた。
取り敢えず、朝はうやむやになってしまった切島や焦凍くんたちにもちゃんとお礼を言いたい。
「焦凍く――」
「わりぃ」
「え……?」
焦凍くんは私の視線から逃れるように目を伏せ、教室から出ていってしまった。
引きとめようと伸ばした手がむなしく宙をかく。
「なにあいつ。コトハ、アンタなんかしたの?」
「したような、してないような……嫌われたかな」
焦凍くんの態度に気分を害した様子の響香ちゃんは私を撫でながら、行き先を失った手を下ろさせた。
「そりゃないと思うぜ。あんとき轟、久地楽のことは俺が助けるってずっと言ってたしな」
響香ちゃんを宥めるように切島が首を振って苦笑気味に言った。
焦凍くんは一体何を謝ったんだろう。
私の呼び留めに対して?
それも何か違う気がする。
「コトハさん、轟さんとお知り合いですの?」
「幼馴染だったの、小学校から中学の途中まで」
「幼馴染はこじれる呪いにでもかかってんのかね、このクラスは」
私は何のことか分からなかったけれど、響香ちゃんは緑谷と爆豪を見て言った。
爆豪の性格的に誰にでも怒鳴るのかと思ったけれど、緑谷には特別こじれてるのかな。
あんまりあの二人が接触してるのは見たことないけど。
プリントも普通に回すし。
「焦凍くんは後でいいか。切島、ありがとね、助けてくれて」
「朝それ言おうとしてたんか。おう、どういたしまして」
切島の手に触れて、目を閉じれば、切島のインナースペースが見える。
インナー切島も、黒い切島も笑っていた。
「お前のこれが、俺を守ってくれたんだぜ」
インナー切島は胸に親指を当てて指す。
白い心の卵。
以前私が押し付けた卵が、切島の白い心を吸って少し大きくなっている。
強い心の証だ。
中学の時よりずっと強い。
私は抑えきれない笑みを顔に浮かべながら、インナー切島に感謝の心を渡す。
白いそれは、卵に吸い込まれていった。
「そっか、だから私の感情にも飲まれなかったんだね。ありがとう、切島」
「おう!」
切島たちに手を振って、目を開けた。
「どうかしたか?」
「ううん、なんでもない」
お茶子ちゃんが麗らかじゃない燃え方をしているのを後目に、爆豪のほうに近づいた。
「爆豪、色々ありがとね」
「ああ?手前のことなんか眼中にねぇわビビり女」
「うん、私がお礼言いたいだけだから。あとこれ」
爆豪の手に触れて、目を閉じた。
うわ、インナー爆豪も切れやすそうな感じだ。
奥の黒い扉はしまっているが、何だか禍々しい。
いや、違うかな。
攻撃的なのかと思いきや、陰鬱としているばかりでこちらには何の威圧もはなっていない。
代わりにとでも言うようにインナー爆豪は滅茶苦茶睨んできているが。
珍しいタイプだなぁ。
「んだてめえ!勝手に入ってきてんじゃねえぞブス!」
「はいはいごめんね。これ渡したらすぐ出てくから」
用意した卵を見下ろして、多分爆豪にはこれが一番いいはずだよなぁと自信なく握りしめた。
「爆豪、これは心の卵。貯金箱だと思ってくれていいから」
切島にあげた卵と違い、怒りの感情を吸収して蓄えるタイプのやつだ。
でも爆豪って意外と自分で消化できてる感じあるしなぁ。
まあ、あって困るものじゃないから。
「そんなもんいらねえ」
「ふーん、やっぱ得体の知れないものって怖いよねぇ、分かる分かる」
「ハア!?怖いわけねぇだろクソ!」
「じゃ、触ってみてよ」
「指図すんなクソが!」
とは言いつつも、爆豪は私の手から卵を奪い取った。
その瞬間、赤い光が弾け、爆豪の中に吸い込まれていった。
本来は、怒りの感情は黒いほうが持つのだけれど、多分こっちの爆豪が怒りの感情を持っている。
はず。
ぱち、と目を開ければ、途端に手を払われた。
「てめえ……何入れやがった?」
「多分役に立つもの。あ、害とかは全然ないから。じゃあね」
インナーのことは知覚できないはずなのに、どうしてわかったのだろう。
本能で察したのかな、すごい。
爆豪にさっさと背を向け、次は緑谷だと教室を見渡すが、もうどこかへ食べに出てしまったのか既に教室内にはいないようだった。
あとでいいかな。
まだ教室に残っていた梅雨ちゃんを見つけて声をかけた。
「梅雨ちゃん、いろいろありがと」
「あら、私はお礼を言われることなんて何もしてないわよ。むしろ、こちらから言いたいくらいだわ。助けてくれて、ありがとう」
「ううん、私、あの時全然制御できてなくて……それに、色々って言うのは、その、あんまり皆に言いふらしたりとか、しないでくれたこと。あ、国本さんから箝口令でてるのは知ってるんだけど」
私の個性は個性管理課で現在観察されているものなので、個性自体は秘匿されないものの、暴走した事実は完全に隠蔽されるらしい。
「言いふらすなんてしないわ。貴方は命の恩人だもの」
「梅雨ちゃん……!」
「ふふ、それでお礼を言って回ってるのね。あとは緑谷ちゃんかしら。さっき出ていったばかりだから今追いかければすぐ会えると思うわよ」
「梅雨ちゃん!!」
ベストフレンドに抱き付いて、インナー梅雨ちゃんに卵と感謝の気持ちを渡す。
ついでに傍にいた峰田の肩に手を置けば、彼は非常にビビった様子で誰にも言ってねえよと声を抑えて必死に言った。
はい、ありがとう。
「ありがと、二人とも」
手を振って廊下に走りでた。
全身の傷は大方浅く、縫い合わせた左腕を三角巾で釣っている以外は既にリカバリーガールの治癒によってほぼ治っている。
だからまあ、走るくらい何てことないんだけれど。
「コトハ!!走んじゃねえ!傷口開いたらどうする!?」
「あああ、プレゼントマイク、ごめんね!あとで!」
っていうか学校で下の名前呼ぶのどうなのよ。
消太くんと意識合わせしてないのかな。
階段を駆け下りて、その先にお茶子ちゃんたちを見つけた。
緑谷に声をかけようとして、お茶子ちゃんの声に立ち止まる。
「父ちゃんと母ちゃんに楽させたげるんだ」
「麗日君……ブラボー!!」
「ブラボー」
飯田に混じって拍手していると、お茶子ちゃんが私に気づいて「いつの間に!」と想像以上に驚かれて逆に驚いた。
照れくさそうに何かあったん?と聞かれ、そういえばと拍手をやめて緑谷に向き直る。
「ああ、緑谷にお礼言いたくてさ」
「ええ!?お、お礼なんていいよ!ぼく何もしてないし!!それより僕のほうが何度も助けられて……!」
「いいからいいから。私の気持ち受け取ってよ」
緑谷の手を取って目を閉じた瞬間、何かぞっとするようないくつかの目に見られた気がして、とっさに手を離して後ずさった。
「な、なに今の……」
「え!?」
いま、緑谷のインナースペースに確かに入った。
なのに、何かに隔てられるような感覚と、いくつかの双眸。
私の中に黒と白がいるように、通常は二人、もしくはたまに三人くらいはいるが、いまのは明らかにおかしい。
白い緑谷と黒い緑谷がいたのは、辛うじて認識できた。
でもその他に、姿こそ見えないものの、どう考えても緑谷ではないやつらがいた。
インナーとは言っても、私が入るのはいわばエントランスで、心のあくまで表面上のところだ。
だから、そいつらがどういった感情を持っているのかだとか、黒い側なのか白い側なのかとか、姿が見えない以上あまり踏み込んだことは分からない。
これは、大丈夫、なのかな。
「あの、緑谷……」
「おお!!緑谷少年が――いた!!」
オールマイトの声に遮られ、引き止めるタイミングを失った私は、お茶子ちゃんたちの誘いをやんわり断り、職員室へ向かった。
あれは、一体何だったのか。
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