Step.41



いくつかある仮眠室で、両腕を負傷している消太くんのためにお食事会を開いたのだが、消太くんにお弁当をさせる黒の姿を見て、小さい白が自分もやりたいと言い出したため、白が私にお弁当を食べさせるという謎の自己介護をしていた。

「心の中に複数の人間がいる?なんだそりゃ。多重人格ってことか?」
「二重人格の人は見たことあるんだけど、その人のインナーには主人格と副人格の黒と白がそれぞれ2人ずついて、まあパッと見で根源が一緒なのわかったんだけど……あれは違う」

消太くんは黒の運ぶお箸におとなしく口をつけながら首を傾げた。
嫌がるかと思ったけど、さすがに両腕が塞がっていればおとなしく食べさせてもらう方が合理的だと判断したのだろう。

「誰の話だ?」
「んーそれは秘密。多分踏み込んじゃいけないラインだと思うし。ただちょっと気になって」
「まあ、実害ないならいいよ。お前が気にかけておいてやれば問題ねぇだろ」
「うん……そうだね」

確かに実害はないと思う。
私を警戒していたようだけど、インナーの緑谷たちには特に干渉しようとしていなかったから、もしかしたら緑谷自身、彼らの存在に気づいていない可能性もある。
しかしだとしたら、もし緑谷が気づいておらず、更にそれが、良くないものであった場合……。

「おねえちゃん、あーん」
「あ、ごめん」

白の差し出してくれた卵焼きを食べてふと消太くんを見た。
ひざしくんも言ってたけど包帯ぐるぐる巻きのミイラマンだ。
まあ、一見して教師には見えない。

「仕事とかってどうやってるの?」
「今は殆ど警察の話聞いたりあんときの説明したりだ。治るまでは去年使ってたプリント配布してプレゼン形式になるだろうな」
「ってことはプロジェクターかぁ。リモコン使えるの?」
「バアさんが包帯巻きすぎなだけだ。指のほうは何ともないし使える。それよりお前、人の心配ばっかしてる場合じゃないよ」

何のことかとあほ面を晒していれば、消太くんはおいおい、というように私を睨んだ。
えっ、なんだろう。
個性の暴走に関しては国本さんが任せてくれと言っていたし、消太くんもそれでいいといっていたはずだけど。
思い当たる節がなくて何のこと?と視線で伺うと、深いため息をつかれた。
察し悪くてごめんね!

「朝も言っただろうが。もうすぐ雄英体育祭だぞ、分かってんのか?」
「あっはい、頑張ります」

何だそれか、という顔をしたのがいけなかったのか、消太くんの手が無事であれば凄まじいアイアンクローが来たであろうというほどの凶悪な視線を向けられた。
待って怖い。
それヒーローの顔じゃないわ。

「お前話聞いてたか?ヒーローになりたいなら体育祭は参加必須だ。そこでプロに自分の力を見せて、あわよくば指名を得られる。得られなくても、プロは必ず見てる。将来のために、今ここで甘えは許されないぞ」
「甘えてなんかいないよ」
「それならもっと焦れ。体育祭は怪我が治るまで待っちゃくれない。後二週間だ、戦いはもう始まってる」

消太くんの強い瞳に睨まれ、私は差し出された唐揚げをいったん断って消太くんに向き直った。
消太くんの言う通りだ。
私はスタートダッシュの時点で怪我というつまずきをした。
なら、それを取り戻すためにも、焦らなければいけない。

「負けない」

私は消太くんの目を見つめ返し、その心を触れた指先から流した。
私の覚悟を。

「応援してるよ」

私も、黒も、私の写し鏡のような姿の白も、同じタイミングで胸を抑えた。
唐突なデレ止めてもらっていいですかありがとう死んじゃう。

******

「放課後にでもブラド先生にお礼言いに行くよ」
「ああ。そうだ、教室戻るならついでにプリント持ってってくれ」
「あ、はーい」

お弁当箱を持つ黒の代わりに、白がまた小さい姿でドアに走り寄ると引き戸ながら防音性に優れているそれを開いた。
雄英ってさすがマンモス校なだけあって設備にだいぶお金かけている。

「演習場の使用許可証だ。個性によっては外で自主練できないやつもいるだろうからな。注意事項を記載したプリントもあるから授業始まる前にくば―――」

消太くんが仮眠室を出た先でどこか驚いたように立ち止まり、言葉を切った。
白も不思議そうに消太くんの視線の先を見ている。

「しょ……先生?」

消太くんに続いて仮眠室を出れば、二人が立ち止まった理由がそこにあった。
タイミング悪く、緑谷と遭遇していたのだ。
え、あれ、ってか、隣の仮眠室から出てきた?
緑谷の傍らに立つ金髪長身の骸骨と言い表して差支えないようなひょろい男と一緒に出てきたように見える。
あちらもこちらも、驚いて固まっている。
スーツ、っていうことは、先生か。

「久地楽、さん……」
「み、どりや……」

ハッと我に返って、現状を思い出す。
女子生徒と、現役の男性教師。
こ、これは不味いのでは!?
違うのだと口を開いて否定しようとしたとき、ふと、緑谷の傍らに立つその男に、どこか既視感のようなものを感じた。
既視感、というか、その、視線が……。

「あっ、相澤くん!や、やあ、きき、き、奇遇だねぇ……!」
「どーも。行くぞ、久地楽」
「え、ちょっと待って……ください、あ、あの、えっと……あなたって――」
「久地楽、さっきお前自分で言っただろ、ここは互いに踏み込まないラインだ」
「す、すまないね……」

でも、あの人、きっと緑谷のインナースペースにいた人だ。
どういうわけか分からないけど、常時他人のインナースペースにいるだなんて通常であればあり得ない話だ。
職員室へ向かおうとした消太くんの後ろには続かず、金髪の男に一歩踏み込もうとすると、消太くんが足で私の進路をふさいだ。
いくら手がふさがってるからってそんな顔で足ドンだなんてときめかない。
顔が怖すぎる。
消太くんの様子に、黒が同調して私にもう行こうと促してきた。
まあ、消太くんが黙認してるってことは、あの二人の間に何があろうときっと大丈夫なのだろうけど。
仕方がなく緑谷に手を振って消太くんの後ろに続けば、白とすれ違った。
あれ?

「おじさんわるいひと?」
「ええ!?」

白ぉおおお!!!
お願い勝手なことしないで!!
めっちゃ睨まれてるから!
私の隣にいる人めっちゃ睨んで来てるから!
お姉ちゃん死にかねないから!!

「みどりのおにいちゃんに、わるいことしてるの?」

消太くんに滅茶苦茶睨まれてる。
白!いい子だから戻っておいで!
お姉ちゃんミイラマンに殺されちゃうから!
心の中で白に叫ぶが、白はこちらを振り返りもせずに、じっと金髪の男を見つめていた。
無視か!
緑谷もそんなことないよ!とか違うんだ!とかいろいろ言っているが、白は聞こえているのかいないのかどちらにせよ無視していた。

「君は、みどりのお兄ちゃんが好きかい?」
「すきじゃないよ」
「えっ!?ちょ、それもどうかなぁ!!?」
「でも、おねえちゃんが しんぱいしてるから」

金髪の男は大きな体を折ってしゃがみ込むと白の頭を撫でた。

「いい子だ。大丈夫、みどりのお兄ちゃんに悪いことなんてしてないよ」
「そ、そう!大丈夫!」

相変わらず緑谷の声を無視して、白はじっと青い目を見つめ返した。
心を見ているわけじゃなくて、信用に値するかどうか目を見て決めようとしているのだ。
白、もういいよ。
消太くんが仕方なさそうにため息をついてしゃがみ込んだ。

「コトハ」

私の声にも緑谷の声にも反応しなかった白がパッと振り向いた。
待って、なにそれ。
白は消太くんの「おいで」という声に走り出す。
少なからずイラッとした私と黒は目を合わせて頷いた。

「回収!」

消太くんの首に飛びつこうとした白を黒い蛇が捕まえて私の方に投げた。
右手で飛んできた白を捕まえ、勢いのまま胸に押し付けて回収と同時に心の扉を閉める。

「やっぱ白ずるい。絶対見た目は子供、頭脳は大人だ」
「クソ同感。今日一日封印ね」
「そうだね。補助は黒だけでいいわ」

黒とうなずき合い、緑谷と金髪の男の方に向き直ってお騒がせしましたと頭を下げた。
まあ、白のおかげで彼が悪い人じゃないことは分かったけど。
まさか緑谷のインナーにいる人に実際に会うとは思わなかった。
しかしやはりというべきか、姿を見たわけじゃないから確証はないけど、あの人で間違いないだろう。
あと何人かいるというのは気になるけど。
踵を返した消太くんを追いかけて横に並んだ。

「あの人のこと、誰にも言うなよ」
「え、あ、うん。あの人って雄英の先生なの?」
「は?」

消太くんは何言ってんだこいつみたいな顔でこっちを見た。
包帯ぐるぐる巻きでも分かるぞ、失礼だな。
なんで先生かどうか聞いただけでそんな顔されなきゃいけないんだ。
しかし消太くんはすぐに合点がいったように頷いた。
そして今度は馬鹿を見るような目で見てきた。

「ちょ、さっきから失礼じゃない!?なんなの!」
「いや、お前が案外馬鹿で驚いただけだ」
「だから死ぬほど失礼だよ!?」


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