Step.42
頑張るとはいっても、皆体育祭まで何をするんだろう。
私の個性は感情が必要だからやっぱり楽しいこととか怖いこととかしないといけない。
……映画でも借りて帰ろうかな。
「何事だあ!?」
お茶子ちゃんの声にぱっと顔を上げるとA組の教室の前に、人が集まっていた。
え、本当に何だろう。
一先ず切島の横に並んで長引きそうだと机に腰かけた。
「なにあれ?」
「いや、俺も分かってねぇんだけど。さっき爆豪が敵情視察だろって」
「はーなるほど。体育祭前に探っとく感じね」
私が切島の言葉に納得していると、また爆豪が余計なことを言ったのか、ヘイトが高まる一方の群衆から一人出てきた。
どうせ、モブとかクソとかアホとか言ったんでしょ。
私たちはもう慣れちゃってるけど、他のクラスは煽り耐性ないんだから控えてもらいたいものだ。
「普通科とか他の科ってヒーロー科落ちたから入ったって奴、結構いるんだ。知ってた?」
おっと敵意強い。
面倒なこと起こさないでよ、と爆豪をちらりと見れば、キレる様子もなく大人しく話を聞いているようだった。
何かと冷静なところのあるやつだからさほど驚かなかったが、敵意むき出しで北相手に対して大人しくしているのは少しだけ意外だった。
意外と私のほうが来てる。
「体育祭のリザルトによっちゃ、ヒーロー科編入も検討してくれるんだって。その逆もまた然り、らしいよ」
クラスの何人かが私の方を見た。
私の場合は少し状況が違うけど、消太くんも言っていた通りそういう制度があるのはみんな知っている。
「敵情視察?少なくとも俺は、調子のってっと足元ゴッソリ掬っちゃうぞっつー――」
ぐっとこちらを睨んだ目に、空気がぴり、と張り詰める。
私は机から降りて爆豪の斜め後ろに立った。
爆豪を止めるためじゃない。
次に言われる言葉を察して、それを受け入れるために。
「宣戦布告しに来たつもり」
ほら、みんな本気だ。
覚悟はもう決まってる。
そして、消太くんに“負けない”と誓った。
左腕を握り締め、湧き出る心を卵に溜めた。
「私たちは――」
「おうおう!!隣のB組のモンだけどよぅ!ヴィランと戦ったっつうから話聞こうと思ってたんだがよぅ!エラく調子づちゃってんな!オイ!!」
「あ、鉄哲……」
「本番で恥ずかしい事んなっぞ!!」
はあ……悪いやつじゃないんだけど。
でもまあ、言われっぱなしで黙っているのも情けない。
首の後ろをかいて、爆豪が何か言う前に隣に並んだ。
「宣戦布告どーも」
「あ、おい久地楽!」
切島が後ろから声を上げたようだけれど、ここで引き下がったら舐められる。
覚悟決めてないやつなんて、A組にはいない。
全員がヴィランと相対して、人によっては直接戦闘もあった。
その経験は受け止めこそすれ、驕ったりなどしない。
外野にとやかく言われる筋合いもない。
「でも私たち、体育祭が目標じゃないから」
目つきの悪い普通科の人の目を、見つめ返す。
「誰に何を言われても、どんな障害があっても、普通科だろうがB組だろうが、私たちはそれを越えていくよ。――“ヒーロー”になるために」
爆豪は私をちらりと横目で見て、表情を変えないまま鼻を鳴らして立ち去ろうとした。
が、すぐに切島につかまった。
やっぱそうなりますよね。
「待てコラ爆豪!お前のせいでヘイト集まりまくってんじゃねえか!久地楽もだぞ!!」
「関係ねぇよ」
「はあ!?」
「上にあがりゃ、関係ねぇ。そいつも言っただろうが。体育祭は過程にすぎねぇんだよ、俺はてっぺん取るだけだ」
至極冷静に言い放った爆豪を止める者は、もういなかった。
そういうとこ好きだ。
「くっ……!!シンプルで男らしいじゃねぇか……!!」
「切島のそういうとこも好きだよ……」
その真っ直ぐさは呆れを通り越して尊敬に値するよ。
けれどなぜだか痛む頭を抑えた。
こいつ大丈夫かな、この先、壺買ったりとかしないかな……。
「久地楽てめえ!もうずいぶんA組に染まっちまったようだなぁ!ああ!?」
「久しぶり、鉄哲」
「体育祭楽しみにしてろよ!俺らB組が一番だ!A組なんかにゃあ負けねぇぞ!!」
「うん、楽しみにしてる。一佳ちゃんによろしく伝えといて」
鉄哲は言いたいことを全部言ったのか、酷く憤慨した様子ながらも踵を返して去っていった。
悪いやつじゃないんだけど。
先ほども思ったことを誰に言うでもなくいい訳のように心の中で繰り返した。
「コトハちゃん、何かイメージ違ったなぁ」
「うん?」
お茶子ちゃんが少しだけ首を傾げて私を見た。
どういうことだろう。
私が疑問符を浮かべるのとは対照的にクラスに残っていた面々が何人か頷いた。
「喧嘩っ早いほうじゃねぇと思ってたぜ」
砂藤の言葉に、苦笑してちらりとまだ多くいる他クラスの生徒たちを伺い見る。
喧嘩売ったわけじゃないんだけど。
分かってはいたけど、そう取るか……。
「そうじゃねぇ、久地楽はいつだって真っ直ぐなんだ」
切島が視線を遮るように私のそばに立った。
え、と思う間も無く肩を組まれ、切島の優しい真実の心に包まれる。
白くて、温かい、信頼の証。
微睡みのような優しい光の中で、私の心が凪いでいくのを感じた。
「根性叩き直してくれることはあっても、喧嘩売ることなんてそうそうねぇよ!なあ!お前はそういう奴だ!」
言い方はアレだけどな!と余計な言葉まで付け加えて、ヒーローは私に笑いかけて来た。
切島……いい奴すぎる。
「ありがと、帰ろっか。なんか奢るよ」
「えっ、あ、コトハちゃんごめん!そんな意味じゃ……!」
「だいじょーぶ、分かってるよ。だって私、敵意はすぐ見えちゃうから」
白い信頼のうさぎを作ってお茶子ちゃんたちに走らせた。
お父さんみたいに、常時誰の心でも色が見えるわけじゃない。
けれど、敵意や悪意みたいに黒い心には敏感だ。
それに、白い心にも。
切島が人をかき分けてくれる後ろに続いていくと、A組の方から私に向けられる白が漏れ出していた。
持つべきものは、友達だね。
私の手を引く切島の手からも、未だに白い波が絶えず寄せては引いてを繰り返している。
それがなんだかむず痒くて、中学の時から少しだけ大きくなったような背中を見ていた。
「ありがと、ヒーロー」
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