Step.43



体育祭まであと2日。
抜糸も終えた私は、医者から「止めてもね、どうせ無茶するんですから止めませんよ、私はね」と病み気味に言われたので、リハビリも兼ねて家で心のコントロールをする訓練ばかりしていた。
武術は中学の時に授業でやった程度で、正直たった1週間やそこらで上達するとは思えず、医者の胃を痛めてまで行うべきだとは判断しがたかった。
それに、医者の言っていた言葉を思い出したというのもある。

『でもね、無茶ばっかりしてると、怪我することに体が慣れちゃうんですよ。だからね、そういう人はすぐ死ぬ。人間ってのは本能で痛みは危ないって分かるんですよ。でも分からなくなるんですね。ヒーローの職業病みたいなもんですよ。最近多いですね、そういう人』

医者はカルテをだるそうに見ながら続けた。

『僕が神様なら、人間には個性なんか与えるより、痛みを強くさせたんですけどね』

ままならないもんですね、と言ったのは痛みを奪う個性を持った医者だった。
外科医としては有用な個性であるが、それを本人が望んでいるとは限らない。
いっそ、疎ましいとすら思っているのではないだろうか。
ふと、脳裏に焦凍くんがよぎった。
彼も、そうだった。

「コトハ」
「はい!?」

大げさに驚いてしまった。
ぼけーっと無意味に白い靄と黒い靄を回していたのがばれたのかと思ったが、そうじゃないらしい。
全くもって心臓に悪い。

「集中してるとこ悪いが、出かけるぞ」
「ん?どこに?」

殆ど集中はしていなかったが、わざわざ怒らせる必要もないので話をそらす。
と、玄関のほうから音がしてひざしくんが現れた。
白が喜色満面といった様子で飛びつくが、その姿はどことなく普段より落ち着いた感じのもので何だか違和感を覚えた。

「墓参りだ」


******


葬式以来、お墓参りなんてきたことなかった。
本当は来たかったけれど、それを許される状況じゃなかった。
消太くんは遅くなって悪かったな、と言ってくれたけれど、今まではすごく慌ただしかったし、個性管理課の目が厳しかったのだって知っている。
それに、当の私が薄情にも忘れていたのだ。
ひざしくんの車で30分、雄英からそこまで離れていないごく一般的な墓地についた。
車中はひざしくんの隣に白が座り、後部座席に私と消太くんがそして消太くんの膝の上に黒い猫の姿を模した黒が陣取っていた。
そういうのずるいと思う。

「ほら、花持ってろ」

ひざしくんは水桶に水を入れて私に花束を持たせた。
私と同じ姿になった白が線香やろうそくを持っていたが、黒にいつ戻るか分からないからと没収されていた。
葬式以来で記憶がおぼつかない私の代わりに、お兄ちゃんたちが墓石まで先導した。

「よく覚えてるね」
「高校ンときに消太と何回か来たからなー」

そうだったんだ。
比較的状態のいい墓石を水で流して花を差す。
花を生けるだけでどことなくそこらが明るくなったような気になる。
さすがに仏花に含まれてはいないが、お母さんはマリーゴールドや明るい色味のものが好きだった。
案の定というべきか、小さくなった白が私の隣にしゃがみ込み、同じように花を見つめた。
ろうそくと線香に火をともしたひざしくんはそれを墓石前に備える。
消太くんに名前を呼ばれた私たちは墓石から少し離れて、ひざしくんを真似するように手を合わせた。
消太くんは当たり前だけど手を合わせることもできないからか目を閉じて軽く頭を下げていた。
私も目を閉じた。
ずっと来れなくてごめん。
私、色々あって、今ヒーローを目指してるの。
お父さんの個性と、お母さんの根性で頑張ってるよ。
心の中で呟き、くす、と小さく笑う。
なにかと心配性のお父さんと、いつもそれを笑い飛ばしていたお母さんだった。
記憶はどんどん薄れていくけど、思い出の感情だけは色褪せずいつまでも私の中にある。
顔を上げた私を、お兄ちゃんたちが見た。
白と黒が、どちらともなく私の中に戻ってくる。

「コトハは、いい成長してるよ、おばさん」
「サイコーに良いヒーローになるぜ!」
「墓前だぞお前……音量下げろ」
「賑やかな方がいいだろ!?」

個性を使おうとした消太くんを見て、ひざしくんは両手で口を押さえた。

「怪我人なんだから使うなって!」
「使わせんな」

私はゆっくりと瞬きをして、幸せを閉じ込めた。
まるでここだけ昔に戻ったみたい。
高校生の時からお兄ちゃんたちは賑やかで、笑顔が絶えない空間だった。
今よりもう少しばかりやんちゃだったひざしくんを、今よりもう少しばかりやんちゃだった消太くんが止めるというのが、いつもの流れだ。
忙しいのに私を見つけると必ず日が暮れるまで遊んでくれる、優しい二人。
改めて気付く。

「お兄ちゃん、連れて来てくれてありがとう」

未だに言い合いを続けていた二人は、顔を見合わせてこちらに笑った。

「帰るか」
「よっし!遊びに行くぜ!」

沈黙の3秒後、睨みあった二人だったが、結局は消太くんが折れる形で深いため息をついた。
うざそうにひざしくんを見るが、本気じゃないって知ってる。
だって消太くん、白い。


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