Step.44


いつもとは違い教室ではなく、直接1年会場のほうに登校した私は、事前に渡された案内に従ってジャージに着替えた。
コスチュームに左右されるタイプの個性では無いので問題はない。
緊張を程よく残し、必要以上の分は黒に回収してもらう。
黒、白、頑張ろうね。
シルバーのバングルに触れて心を整える。

「ええええ!?コトハ!アンタ髪切ったの!?」
「おはよ、三奈ちゃん。切ったよ、気分転換にね」

オーバーなリアクションを返してくれる三奈ちゃんは失恋でもしたのかとしつこく聞いてきたけれど、苦笑を返して気合を入れるためなのだと納得してもらった。
女子怖い。
今まで視界を覆うように伸ばしていた髪だったが、もう前を向いて生きていくと決めたのだ。
本当はもっと早くに切るべきだった。
少しだけなれない晒されたうなじに触れて、集まりだした女子に照れ笑いを返す。
口々に可愛いだとかカッコイイとか似合うだとかの褒め殺しに会いながら、私は顔を抑えた。
も、もう十分。
切島までもが似合ってんぞ、と声をかけてくれた。
ありがとう、もういいです。
ノリと体育祭前の変なテンションだというのもあるだろうが、髪切っただけでこんな恥ずかしいんか。
そんな中、一人険しいオーラを纏ったお茶子ちゃんが、生者の肉を求めるゾンビのように私に近づいてきた。
待って!おいしくない!!

「コトハちゃん……緊張、とってもらっていいですか……!!」
「こっわ!!顔が険しい!」

お茶子ちゃんに迫られ、顔にビビりながらも感情を吸収した。
別にいいんだけど回収した分だけ私の力になるの分かってるのかな……。
体育祭は、勝ち抜きなのに。

「みんな準備はできてるか!?もうじき入場だ!!」

いつもより気合の入っている飯田くんが控室に入ってきた。
眼鏡の光もいつもより強い気がする。気のせいかな。
お茶子ちゃんは「はあーっ」と深い息をついて険しい顔で笑った。

「行こうぜ、コトハちゃん!」
「お、おおー」

皆が動きだしたとき、焦凍くんが立ちあがって緑谷に声をかけた。
あ、そういえばまだお礼言ってない。
話が終わったら声かけようかな。

「轟くん……なに?」
「客観的に見ても、実力は俺のほうが上だと思う」
「へ!?う、うん……」
「ちょ、焦凍くん、そういうとこ良くないよ!」

何だいきなり!
焦凍くんは昔から自分の中で完結しがちで、表面に出る言葉には脈絡のないことがたまにあったが、正面から喧嘩吹っ掛けるなんて珍しい。
私が立ちあがって焦凍くんを止めようとすると、爆豪にジャージの裾を掴まれて前につんのめった。
あ、危ない、こけるとこだった。

「なに!?」
「うるせぇ黙ってろ」

一体何なんだと爆豪を振り返るが、その視線は緑谷と焦凍くんに向けられていて、思わず閉口した。
強く握られた私のジャージから、僅かながらに熱が伝わる。

「お前には勝つぞ」

ぎり、と爆豪が奥歯を噛みしめる音が聞こえた気がした。
苛立ちが、伝わる。

「おお!?クラス最強が宣戦布告!?」
「おいおいおい、急にケンカ腰でどうした!?直前にやめろって……」
「仲良しごっこじゃねぇんだ。何だっていいだろ」

切島が焦凍くんを止めようと肩に手を置くが、うるさそうに手をはらわれる。
焦凍くんは言うだけ言って満足したのか何事もなかったかのように緑谷に背を向けた。

「轟くんが何を思って僕に勝つって言ってんのかは、分かんないけど……そりゃ君のほうが上だよ……実力なんて、大半の人に敵わないと思う……客観的に見ても……」

じわ、と緑谷の体から白い、いや、光を帯びた朱色の靄が漏れる。
私だけ、見えてるの?
皆黙って成り行きを見守ろうとしているのを見て、あれは、感情の色なのかもしれないと生唾を飲み込んだ。
何の、感情の色だろう。

「緑谷もそーゆー……」

爆豪につかまったまま、私は切島を止めた。
多分あの色、ネガティブな感情じゃない。

「でも……!!」

私を振り返りかけた切島は、緑谷の声にハッとそちらを見た。

「皆……他の科の人も本気でトップを狙ってるんだ……遅れを取るわけには、いかないんだ……!」

ぐっと手を握り閉めた緑谷は朱色のそれを全身に纏わせ、しっかりと顔を上げた。
ああ、かっこいい。
決意の色なんだね、それは。

「僕も本気で獲りに行く!」
「……おう」

ぼふ、と私のジャージを掴む手が、私と爆豪以外誰にも気づかれないほどに小さく爆発を起こした。


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