Step.5



ずっと一緒にいたから気づかなかった。
けれど、コトハが転校する日、憑き物が落ちたような晴れやかな顔に、俺は確かに目を奪われた。
紅葉した葉が、俺の視線からコトハを隠すように、赤やら黄やらで邪魔をした。

「いままで、ありがとね、焦凍くん」

いつからかだいぶ伸びた髪が、風に遊ばれて優しくなびく。
俺が触れてもいいものか悩んでいるうちに、コトハが俺の胸に飛び込んできた。
いつから身長に差が出来ただろう。

「昔お世話になったお兄ちゃんに、引き取られることになったんだ」
「コトハ、泣いてるのか?」
「そういうのは言わないほうが男前だよ、焦凍くん」
「そうか、すまない」

ぐりぐりと俺の胸に額をこすりつけるコトハの頭を、右手で撫でた。
小さい。
俺の手のひらで感じたコトハは、傍にいるなら容易に守れるはずの大きさだった。
しかし結果を見ればどうだ、守れてなどいない。
養父からも、コトハの中の黒い感情からも。
コトハを助けたのは、俺の知らないヒーロー。
コトハの心を支えたのは、俺の知らない“お兄ちゃん”たち。
俺は、どこにもいなかった。

「お兄ちゃんのこと、すごく好きだから、少しもためらわなかったけど……焦凍くんと離れちゃうのは、寂しいね」

俺の胸から離れたコトハは、寂しさを堪えるような笑顔で笑った。
俺があと何年早く生まれていれば、お前にそんな顔をさせずに済んだんだろうな。
生まれる時も、生まれる場所も、起こりうる必然の運命も、人は選べない。
だからこそ俺は、お前を―――。

「……俺は、ヒーローになる」
「焦凍くんのそういう空気読まないとこ嫌いじゃないよ」
「もう二度と、自分に絶望したくない。目の前で助けを求める奴から、目を逸らしたりなんかしない」

未来の自分からしてみれば、なんて支離滅裂で自分のエゴを押し付けた話かと呆れるだろう。
それでもコトハは頷いて俺の手を握った。

「かっこいいね!」
「ありがとう、コトハ」

また笑ってコトハは俺の手を振る。
そこに寂しさはもうなかった。
こんなに、笑う奴だったのか。
心からの笑顔を、正面から見て、俺もつられるように頬を緩めた。

「お前、綺麗だな」
「ありがとう、焦凍くん」
「いまのは別にお前の言葉をなぞってお世辞を言ったわけじゃないぞ」
「分かってるからそういうとこ直したほうがいいね!焦凍くんは!」




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