Step.6
「消太くん」
「おはよう」
「うん、おはよう。大事なお話しがあるんだけど、お時間いいかな」
消太くんが朝食を食べ終えたのを見計らって、声をかけた。
書類は全部そろってる。
「30分後には出勤する。20分で足りるか」
「多分」
「じゃあ、聞こうか」
正面の椅子を促され、それに従って座る。
緊張する。
個性を使って、自分の勇気を振るい立たせた。
こういう時、私の個性ってホント便利だ。
「単刀直入に、言うね。……私、ヒーローになりたい」
ふぅ、と息をついた消太くんはぼさぼさの髪をかき回して、私を強い瞳で見た。
睨んでいるのかもしれないけど、小さいときから見慣れたその視線は、今更私を揺るがすようなものでもなかった。
「それで?」
「進学は、ヒーロー科のある高校……お兄ちゃんたちが卒業した、雄英を目標にしてる。今この話をした理由は……三者面談、来てほしいから」
消太くんはデジタル時計をちらりと確認して、髪を後ろで括った。
地獄の噴煙でも吐き出すかのような重さで、肺の中身を放出し続ける消太くんは、今度こそ確実に私を睨みつけながら右手を差し出した。
お、お怒りだ……!!
「プリント……あんだろ……?」
「は、はい!」
びっくりしためっちゃ怖い。
用意したファイルの中から三者面談のお知らせ、と書かれたプリントを消太くんに差し出す。
「関連書類、全部よこせ」
「いえっさ!」
ファイルごと献上する。
三者面談のプリントと外部模試での雄英筆記A判定が記された書類その他もろもろ。
まだ中学二年、されど、中学二年だ。
あの雄英を受けるなら、今からでも早いということはないだろう。
ざっと目を通したのか、消太くんはプリントを置いて短く息をついた。
さっきからため息とか深呼吸とか、そろそろこの辺の酸素なくなりそう。
「言いたいことが3つ、聞きたいことが1つある」
「うん」
「まず言いたいこと1つ目。雄英は筆記だけで通るほど甘くない。2つ目……家庭向けのプリントはしっかり出せこの馬鹿!!」
「だって消太くん忙しいと思ったから!!」
「机にでも置いときゃいいだろうが……」
でも、ヒーローとしての消太くんも大好きだから、邪魔したくなかった。
ヒーローを待ってる人は、きっといくらでもいる。
「3つ目、俺はお前の保護者だ。遠慮なんかしなくていい。無茶でも、お願いでも、相談でも、何でもしろ。俺がだめならマイクでもいい」
「……うん」
目を落として、頷いた。
どうしても、あの養父のトラウマがあるせいで、消太くんの迷惑になるようなことは言いだせなかった。
養父が正しくないことは分かっている。
けれど、それがどこまで間違っていたのか、私にはまだわからない。
迷惑の線引きを、どこですればいいのか分からない。
思考が渦巻いていく中で、ぽすりと気の抜けたチョップが降ってきた。
「で、聞きたいことな」
チョップは私を撫でる優しい手のひらに変わり、鋭い双眸とは打って変わって真剣な目ではあるが優しさを湛えた目に変わった。
「何故ヒーローになりたい?」
「……それ、聞かれると思って、一応建前も用意してたんだけど……やっぱり本当のこと話すね」
冷めてしまったお茶を、のどを潤すためだけに流し込んで一息をつく。
黒い感情が具現化して、しゅるりと私の指に巻き付いてきた。
心配しなくても、大丈夫だよ。
「こんなこと言っていいのか分かんないけど、お母さん達が死んだとき、すごくヒーローに絶望したんだ。ヴィランに襲われたら、きっとヒーローは助けてくれるんだろうけど、ただの事故は、誰も助けちゃくれないんだって」
瞬きで自分を落ち着かせて、消太くんを見る。
眉間にしわを寄せて、目を眇めてこちらを見ているが、何も言わずに続きを待ってくれている。
「ヒーローは、誰にでも現れるものじゃないんだって、知っちゃった。あの養父に引き取られたときも、暴力に耐えるときも、ずっと考えてた。ヒーローって結局、人助けなんじゃなくて、ヴィランと戦うお仕事なんだなって」
でも、と逆接を繋げて私は笑った。
消太くんに、助けられたから。
ひざしくんが、勇気をくれたから。
焦凍くんが、傍にいてくれたから。
「消太くんは助けてくれた。それがたとえ、私というヴィランを倒すためだったとしても、結果的には私は傷一つなく、助けられた。だから私……ヒーローっていう職種より、元来その意味であった、人を助けるヒーローになりたいの」
相変わらず消太くんの視線は強いけれど、ぐっと顔を上げて目を合わせた。
「有り体だけど、消太くんに憧れた。それが、ヒーローになりたい理由」
少しの間、目を合わせていると、消太くんは急に相好を崩して笑った。
え、と思うなもなく、いつかひざしくんがしてくれたように、少し乱暴に私の頭を撫でた。
「お前の個性は、ヒーロー向きだよ」
やっぱり消太くんは、私のヒーローだ。
私の指に絡みついていた黒い感情はすっかりなりを潜めた。
人を不幸にする黒い私を見てもなお、ヒーロー向きだなんて馬鹿げたことを心の底から言ってくれる。
じわじわと湧き上がる喜びを必至に抑えながら……抑えられない!
くそぅ鎮まれ私のほっぺ!!にやけるな!!
「にやけるな」
「絶対怒ると思った!」
飛んできた捕縛布を白いライオンが止めた。
隣の椅子に掛けてあったのになんてスピードで来てんだよ、もう。
反射で出したって言うのに結構ギリギリだったなぁ。
「応援はする。が、俺は手伝わないよ」
「うん、分かってる」
膝の上で拳を握り、強くうなずく。
元々、反対される気で相談してる。
応援すると言ってもらえただけで、十分だ。
私の全力を持って、期待に応えよう。
「壁は高いぞ、超えて行け」
「はい!」
「三者面談のことを黙っていた件については帰ってから説教だ。覚悟しとけ」
「はい……」
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