Step.50
ドラゴンを消すのは本当に勿体なくて2位のコールを聞いた時より泣きそうだった。
我が子を殺す気分だ。
「一瞬の命だった……!」
しかしあの氷壁を壊すためにはあれぐらいの威力がないと、最後の爆豪の奪取も間に合わなかっただろう。
お前はいい子だよー!!
怒りの権化のようなドラゴンを抱きしめて霧散させた。
悲しい。
「久地楽、お前案外無茶するよな」
「瀬呂は安パイ取る人なんだね」
「……やめろ!俺をそんな目で見るな!」
終わり次第声をかけようと思っていた焦凍くんもどこかに行ってしまったし、お昼どうしようかと放送席を見た。
先程のやり取りから、おそらくひざしくんはどこかにご飯を食べに行ったのだろうか。
「コトハ、私お兄ちゃんのとこ行くよ」
「ん」
黒が私から分離して放送席へ向かって行く。
別にいいんだけど、私はお昼を食べないといけないんだよなぁ。
「コトハ!私、出店見てくる!」
「お、おう」
白が私から分離して出店のほうに―――いや、別にいいんだけどさ!!
今日はお昼ごはんも持って来てないし、きっとみんなも食堂にいるだろうから、とりあえず校舎のほうへ向かおう。
と、考えていたはずなのに、出口から逸れて、人気のない壁際で立ち止まってしまった。
足が、動かない。
心が足りないわけじゃない。
確かに怒りは使い果たしたが、怒りを失っただけでこんなことにはならない。
ぽた、と雫が落ちて、まさか雨かと空を見上げたが、あざ気笑うほどの晴天で、一体何なんだと濡れた手を見つめた。
あれ、マジか。
私、何で泣いてんの。
あー、そっか、分かった。
悔しいんだ。
普段は白と黒が上手に感情をコントロールしてくれるから、こんなことはないんだけど。
心がキャパオーバーするとこんな感じか。
壁に沿って座り込み、涙を拭った。
「コトハ!!どうした、気分悪いか?怪我でもしたか?」
聞きなれた声に、え、と驚いて顔を上げれば、焦凍くんが心配そうに目の前にしゃがみ込んでいた。
焦凍、くんだ。
「泣いて、るのか」
焦凍くんはびくりと体を身じろぎさせ、控えめに私に手を伸ばした。
優しい右手。
いつぶりだろう。
下ろされた左手も取って、焦凍くんの両手を私の頬に当てる。
どちらも、温かい。
どちらも、私の知っている優しい手だ。
「しょーと、くん……」
「何で泣いてる?誰かに何かされたのか?」
「や、ちが……」
説明したいのに、優しい手のせいで次から次へと涙が止まらない。
昔の焦凍くんに戻ったみたいだ。
もう違うって、分かってるのに。
ずっと傍にいてくれた私のヒーローは、もう思い出にしかいないのに。
言葉も思考も、心もまとまらない。
焦凍くんが私のおでこの髪を上げて、額をくっつけた。
驚いて、ぴたりと涙が止まった。
「コトハ、悪い、本当に……」
触れ合ったおでこから、強い後悔と謝罪の心が流れ込んでくる。
数センチと離れていない目と目が、焦点も合わないながらも、しっかりと見つめ合って逸らせなかった。
泣きそうに見えるのは、私がそんな顔をしているからだろうか。
「お前の夢を、俺は……真っ向から否定しちまった。立ち止まって、進めないのは俺なのに……」
それに、と焦凍くんは言葉を続けた。
「USJのあの時だって、黒いバリアに閉じ込められたお前を助けたかったのに、中学ンときのあれがフラッシュバックして、動けなかった……」
「ご、めん、私、焦凍くんのトラウマに――」
「それは違う。そうじゃねぇ……俺が言いたいのは、だから……」
ああ、分かってしまう。
知りもしたくないのに、焦凍くんが絶えず心を私に流してくるせいで、焦凍くんが自身の罪悪感から逃れようとしていることに、気づいてしまった。
けれど、それよりも腹立たしいのは。
私が今まで感じていた悔しさや、自分の不甲斐なさ、力不足への歯噛みする気持ちが、全てどこかへ消えてしまった。
代替するように台頭した、怒り。
「焦凍くんは、私に謝ることで罪悪感から逃れようとしてる」
焦凍くんは数センチ先で目を見開いた。
中学のあの事件以来ずっと抱えていたらしい、私のことを助けられなかったという事実、入学式の日、私と会って私の夢を否定したこと、定期検診の日、私との距離を実感した瞬間、それ以外にも数多の瞬間で焦凍くんは自身を追い詰めては私への罪悪感でいっぱいになっていた。
「けどさ、それは別にいいよ。それで焦凍くんが楽になるならそれでいい。でも、じゃあどうして、焦凍くんは自分を許そうとしてないの?」
私に謝って、解決すればいい。
私は焦凍くんが思うほど、彼に対して怒りも憎悪も持っていない。
だというのに、当の焦凍くん本人が自分を許そうとしなければ、意味がない。
「もういいかげん許してあげてよ……どうしてそんなに追い詰めるの?焦凍くんが可哀そうだよ……」
焦凍くんはハッと私から少し離れた。
「お前は……誰を見てるんだ……?」
「黒い焦凍くんのことだよ!」
インナーに入らなくたってわかるほどに、触れあった体を通じて伝わってくる。
焦凍くんは、自分が嫌いで仕方がないんだ。
私のことも、お母さんのことも、すべてが焦凍くんを苦しめて、縛りつけている。
「いつまでも立ち止まって、自分を苛むだけじゃだめ。お願いだから、許してあげて」
「コトハ……」
少しばかり汗ばんでいた額がどちらともなく離れて、二人の間に吹いた風が冷たく冷やした。
どうせ、私が何を言ったって聞き入れてもらえない。
自分で解決するしかないんだ。
今まで何度も焦凍くんに助けられてきた私は、この期に及んで、少しも彼の手助けにはなれない。
赤と白の髪を優しく撫でて、涙を呑み込んだ。
できることならお母さんとも、そしてお父さんとも、ねじれてしまった関係を清算してほしい。
髪から首に手を下ろし、久しぶりに焦凍くんを抱きしめた。
かつてより大きくなった彼は、きっと個性も成長しているのだろう。
人を助けられる、優しい個性。
「コトハ……俺は、お前を守りたい」
まるで自分を戒める呪詛のように紡がれて来たその言葉を、まだ言うのかと悲しみをこらえて顔を見れば、その表情に息を飲んだ。
「わりぃ、分かってんだ。お前が守られるほど弱くないのは。それでも、何でか自分でもよく、分かってないんだが……」
私が離した距離を焦凍くんが埋めた。
思い出よりずっと強い力で抱きしめられる腕の中で、流される感情の波に溺れた。
ひどく心地よくて、少し切ない。
微睡みのようで激情のような、甘く愛おしいものでありながらおぞましく恐ろしいもののような、そんな奇妙な対義感に、黒も白もいない今どうしていいのかも分からず、只々溢れる心を呆然と見つめた。
こんな心、触れたことない。
「コトハ、俺はお前が――」
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