Step.54
少し迷ったけれど、レクには出なかった。
息抜きタイムということもあって、ざわざわと喧騒の激しいスタジアムを離れ、心の整理と腹ごなしながら散歩をする。
「ああ、君が本体か」
「え――」
珍しい声のかけ方をされて、もしや先程白がご迷惑をお掛けした人かと振り返れば、黒と白の滑らかなフォルムがあった。
シャチ?
白いスーツを着たシャチの姿に、私の脳髄を電流が走った。
「ああああああ!!ギャングオルカぁあああ!!でらかっこいい!!握手してもらっていいですか!!」
「あ、あぁ」
ああああ手がおっきいいい!!
ヒーローランキングのトップ10にランクインしている実力者でありながら、その見た目から敵っぽい見た目のヒーローランキングの3位にも入ってしまっているところがまた好き!
ついでに本当に蛇足だけど私の『人生で会っておきたいヒーローランキング』第2位にこんなところで会えるなんて最高オブ最高としか言いようがない。
しかも声をかけられるなんてしんどい。
「っていうか白がご迷惑をお掛けして本当に申し訳ないです!!」
「いや構わん。それよりもレクはいいのか?」
「はい、ちょっと個性の調整をしたかったので」
「そうか。邪魔をして悪かったな」
「いえ!とんでもないです!調整って言うのもあるんですけど、A組の女子みんなチアの格好してるんで今更入りづらいってのもあって……」
「ふふ、そうだったな」
ああああ笑った!!しんどい!!
対敵したときのにやり顔と違う優しい笑顔が本当にどストライクです。
よく子供に泣かれてるけど本当は優しい人っていうの知ってる!!
「あの、ギャングオルカさん1年ステージ見てらしたんですか?」
「今年の1年はヴィランと対敵したと聞いたからな。その差を、見てみたかった」
「差、ですか……」
少しだけうつむく。
ギャングオルカが望むほどの差はなかったのではなかっただろうか。
A組は第一種目、第二種目共に目立ってはいるが、その実B組に足元をすくわれかけ、ヒーロー科ではないC組にすらしてやられた感がある。
胸を張って誇れるだけの明確な差は、存在しない。
「そんな顔をするな。差は確かにあった。トーナメントに残った16人中13人がA組という結果成績もあるが、何よりも動きを見ればわかる」
ぽん、とうつむいた頭に黒い手が乗せられて、頭を撫でられたのだと思った瞬間、白い靄が止め処なくあふれ出た。
ああああしんどい!!
いまギャングオルカに頭撫でられてるぅううおおおお!!!
「そろそろレクも終わる。時間を取らせて悪かったな」
「こちらこそ貴重なお時間を割いていただいて……!!」
「トーナメント、頑張れよ」
「はい!ありがとうございます!」
心の整理をつけるどころか歓喜の大波が荒れ狂っているが、これはもう仕方がない。
ギャングオルカ直々に激励された以上これは、勝たねば。
ひざしくんの放送でレクが終わったことを知り、ギャングオルカと泣く泣く別れてスタジアムに戻った。
選手席に着くと、既に戦いは始まっており、そして終わろうとしていた。
「えっ!?なに、緑谷なにやってんの!」
「あいつの個性だよ……ああなってしまえば、もうどうしようもない」
尾白が悔しそうに言った。
そんな、緑谷がこんなところで負けるなんて。
「デクくん……」
お茶子ちゃんが声を漏らした瞬間、緑谷の左手に赤い稲妻のような光が走った。
瞬きの間に、緑谷の個性が暴走したのか凄まじい風塵が起き、そして緑谷は立ち止まった。
荒い呼吸のまま、右手で口を押さえて心操を振り返る。
洗脳から解けた代償とでも言うかのように、緑谷の左手はどす黒く変色していた。
酷い……。
けれどそこから形成は一気に逆転し、心操の必死の呼びかけにも一切答えずにその体躯を場外へと背負い投げた。
左手っ!!
無理な体勢から負傷した左手まで使っての技掛けにぐっと歯を食いしばる。
『心操くん場外!!緑谷くん!二回戦進出!!』
ミッドナイト先生の宣言に会場は盛大に沸くが、あんな自損をしてまでの勝利に、私は素直に喜べなかった。
思うところが、心身にあるからだろうか。
ふう、と息をついて次を確認するためにトーナメントを見れば、そこには轟の名があった。
焦凍、くん。
少し迷って、立ち上がった。
「コトハ?次轟だよ、見なくていいの?」
「あー、うん、だからさ、ちょっと様子見てくる」
近くにいた三奈ちゃんに問われ、曖昧に答えた。
特に何を言うつもりも、焦凍くんの心をどうこうするつもりもない。
けれど、きっと。
すぐに次が始まってしまうからと廊下を走り、選手控室へと向かうと中には常闇がいた。
「あ、れ。焦凍くんは?」
「少し前に俺と入れ違いで出ていった」
「ありがと!」
選手控室からスタジアムはすぐだ。
急がないと。
角を曲がったところで、エンデヴァーごしに焦凍くんの背中が見えた。
激しい、嫌悪と怒りの黒。
爆豪の怒りほど純粋な赤ではなく、恨みも怒りも嫌悪も悲しみも、あらゆる負の感情を内包した汚い黒だ。
「焦凍く―――」
「待て。あれでいい」
スタジアムに出てしまう前に少しでも心を取ろうとしたのに、エンデヴァーにつかまって、伸ばした手は虚しく宙をかいた。
焦凍くんがステージに出ていってしまい、名を呼ばれたとき、エンデヴァーがやっと私の口を解放した。
「よくない!焦凍くんに何を言ったんですか!」
「己の作られた意味を再認識させただけだ」
「焦凍くんは作られたわけじゃないです。お母さんがお腹を痛めて産んで、慈しまれて育って来たんです!」
「慈しまれて?あいつは焦凍に熱湯をかけたんだぞ。この俺の、“最高傑作”に」
ぎり、とエンデヴァーを見上げた。
そんな子に、あの時の私が魅かれるわけないでしょ。
私が焦凍くんとずっといたのは、何も大人びていたからだけでは無い。
焦凍くんの中には、確かにお母さんから注がれた愛があった。
子供は、生まれた瞬間にお母さんから感情を注がれる。
温かいそれは、辛いことも、楽しいことも、すべて呑み込んで思い出になるけれど、決して消えない深いもの。
焦凍くんの深いところに触れた私には、見えていた。
だからそれを、あんな汚い色で塗りつぶすなんて、絶対に許せない。
「エンデヴァーおじさん、焦凍くんは……」
「焦凍は昔から君に執心していたな。君が傷ついた日は、殊更訓練にも身が入っていた。思えば君が焦凍に格好いいだのなんだの言っていた日は弱音の一つも吐かなかった。そうか、君がトリガーか」
「何を……ってか、いつの話ですかそれ」
「焦凍が7歳の時の話だ」
よく覚えてんな!
この人もしかして大分愛情歪んでるけど焦凍くんのこと大好きか!
……そういえばアルバムとかビデオとかいっぱいあったな。
あれはお姉さんが溜めてたのかもしれないけれど。
「焦凍を思うなら応援してやれ」
「言われなくても、しますけど」
「ふっ、ならいい」
エンデヴァーが鼻で笑ったとき、スタジアムのほうから凄まじい冷気と轟音が響いた。
冷気というか、氷の結晶がこちらまで侵食してきて、とっさにエンデヴァーが炎を上げて庇ってくれなければ全身凍り付いていたかもしれない。
息苦しいほどの蒸気が立ち込め、何事だと廊下の上部に設置してあるモニターを仰いだ。
「ま、じか……」
モニターの半分以上がそして実際に、スタジアムの3分の1ほどを巨大な氷山が覆っていた。
エンデヴァーは勝利と氷壁を喜んでいたようだけれど、私は先程の色を思い出して一言も発することが出来ず、祝うことも、できずにいた。
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