Step.57
「あ、切島!怪我大丈夫?」
「おう久地楽、俺は問題ねぇよ、がんじょうなのが取り柄なんだ。それよか、こっちあいてんぜ」
切島が指してくれた席に座り、緑谷の腕を見た。
やはり、自損覚悟の戦いか……。
さっきは緑谷が勝つとか根拠のないこと考えていたけど、この現状を見る限り無理かもしれない。
心がどんなに強くても、体が追い付いていかないんじゃ意味がない。
「どこ見てるんだ……!」
緑谷が、すでに破壊されている手で衝撃波を生み出した。
そんな……!!
リカバリーされるとはいえ、そこまでの力で破壊してしまったら戻るものも戻らないんじゃ――。
「震えてるよ、轟くん」
緑谷の言葉に焦凍くんの右手を注視すれば、確かに霜の降りた右半身が震えている。
今まで気づきもしなかった。
いや、もしかしたらここまで追い詰められた焦凍くんを見たことがなかったのかもしれない。
緑谷は既に痛みすら感じないのか、黒く染まった右手を強く握り閉めた。
およそこの会場にいる誰もが目を背けたくなるような光景だったが、私の視界の中でだけ緑谷が輝いて見えていた。
真っ直ぐな怒り、強い、意思。
「“全力”で!かかって来い!!」
私が酷い顔をしていたからか、切島が黙ったまま私の手を握って勇気と信頼の心をくれた。
焦凍くんにはきっと分からない。
ずっと一人で、自分を追い込んでは光から目を背けて。
この期に及んで、目の前にいる敵にすら目を向けられないなんて。
緑谷は焦凍くんが踏み込んできた隙を狙って、確実な一発を腹に叩き込んだ。
あ、と声が漏れたが、焦凍くんは危うくもラインから外には吹き飛ばなかった。
きっと緑谷はどんなに痛めつけられても、凍らされても、立ちあがるだろう。
完璧と世の中に言われてきたアンバランスな焦凍くんが持たない、いや、持てなかったものを緑谷がすべて持っている。
「君の境遇も、君の決心も!僕なんかに計り知れるもんじゃない……でも――」
緑谷は躊躇いなく突っ込んでは、動きの鈍くなった焦凍くんをどんどん追い詰めていく。
「全力も出さないで一番になって、完全否定なんて!フザけるなって今は思ってる!!」
その言葉に、私はハッと息をのんだ。
緑谷は、知ってたんだ。
焦凍くんが1位に固執する理由、その左の話を。
そして、だからこそ、左を使えと叫んでいるのか。
あの様子だと、きっと焦凍くんが自身で打ち明けたんだ。
ぎり、と歯を食いしばった。
切島にありがとうと手を返して、観覧席の最前に立った。
柵に手をかけ、冷たいそれを握り閉めることで怒りを逃がす。
「だから……僕が勝つ!!」
情けない。
本当に情けない。
「君を、超えて!!」
緑谷にそこまで言われて、立ちあがらないだなんて!
「親父を―――」
「君の!力じゃないか!!」
酷い顔だよ、焦凍くん。
そんな顔で、そんな目で緑谷の前に立つなんて、許せない。
君の前に立っているのはお父さんじゃない、緑谷なんだ。
いつまでも過去にとらわれて、そんなことも分からなくなってしまったの。
私は肺が痛くなるほど息を吸い込んだ。
「焦凍!!」
立ち止まってしまった焦凍くんが、やっと私を見た。
情けない奴だと叱咤するはずが、迷子のような、縋るようなその視線に、のどまで出かかっていた言葉がどこかに消えてしまった。
小さいころに戻ったような幼い顔をする焦凍くんに、甘い私は、つい望まれた言葉を優しく吐いてしまう。
「なりたい自分に、なっていいんだよ」
額を合わせたとき、深くつながった焦凍くんは、心の奥深くにその言葉を閉じ込めていた。
大切だから閉まっていたのか、無数の心がそれを隠してしまったのか。
どちらかは分からないけれど、お母さんに優しく施されたその言葉を、焦凍くんは覚えていた。
一瞬だけ見えた涙は、あふれ出る炎によって見えなくなる。
「俺だって、ヒーローに……!!」
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