Step.58



長く、そして激しい戦いは、その終着にふさわしいほどの爆風によって幕を閉じた。
廊下を歩きながら、私自身の頭を冷やす。
焦凍くんは、やっと自分と向き合うことが出来た。
カウンセリングというには物凄く荒療治ではあるけれど、いつまでもあのままじゃいけなかったから、あれでよかったのだ。
私は保健室の前にいた。
リカバリーガール出張保健所と書かれたやけに可愛い看板を前に、少しためらってからその扉を開いた。
そこには包帯で応急処置をされただけの緑谷と、いつかみた金髪碧眼の細い男が立っていた。

「あ、こんにちは」
「こっ、こんにちは!」

結局この人が緑谷のインナースペースにいた理由はよく分からないけれど、今はいいかと緑谷の傍に寄った。
リカバリーガールにはいい顔をされなかったが、少しだけですと無理を言って緑谷に声をかけた。

「久地楽さん……」
「緑谷、ありがとう。こんなこと、私が言うのもおかしいけど……焦凍くんを助けてくれて本当にありがとう」
「えっ!?た、助けただなんて大げさだよ!!僕はただ――」
「その“ただ”が焦凍くんを救った。いつまでもうじうじと後ろを向いて前に進めない情けない奴を、また前に進めるように叩きなおしてくれた」

私の中にある感謝の心ありったけを、左手に集め、緑谷の額に当てる。
また彼らに睨まれてしまうだろうからインナーには入らないけれど。
本当は試合前にこんなに心を使ってはいけないのだけど、どうしても緑谷にはこの心を渡したかった。
もしかしたら、後悔しているかもしれないと思ったから。

「焦凍くんはね、私のヒーローなんだ。小さいとき、辛いときに傍にいてくれた人。だから、本当は私が焦凍くんの助けになりたかった。でも、私にはそれだけの力がなかった」

緑谷は唯一動く首を振って、あの強い目で私を見た。
気圧されるほどに、強い光が優しく緑谷を包み込んでいる。

「僕はきっかけを作ったかもしれない。けど、轟くんを動かしたのは久地楽さんだ」

慰めるでもない、ただ真実を告げるような真っ直ぐな言葉に、くしゃりと目の前が歪んだ。
ありがとう緑谷……本当に、ありがとう。
緑谷のおかげで、焦凍くんは前に進むことができる。
リカバリーガールにこれから手術なのだと言われて、金髪の先生と共に外に追い出されてしまった。
焦凍を情けないと罵った私が情けない顔をしているところなんて誰にも見られたくなくて、保健室のすぐ外でうずくまった。
嬉しくて、嬉しくてしょうがない。
やっと焦凍くんの勝利を祝うことができる。
金髪の先生はうずくまった私の背を撫でて落ち着くまでそばにいてくれた。
緑谷とよく似た、けれどそれよりもずっと強い瞳に、もう大丈夫ですと笑って告げると、先生は良かったと飴を差し出してくれた。
オールマイトキャンディなんていつぶりだろう。
子供向けのチープな味に、つい微笑む。

「君が聞きたいことを、教えてくれないかい?」
「え……?」
「ほら、前に会った時に何か言おうとしていたじゃないか。あの白い子が聞きたかったこととは、また違うんだろう?」

私は少し考えて、消太くんに止められたというのに聞いてもいいものだろうかと逡巡した。
緑谷も私と消太くんのことについてあれ以来一度も聞いて来ていない。

「えっと、まあ、答えられるかどうかわからないけれどね」

私は少し迷って、結局首を振った。
緑谷が筋を通してくれている以上、私がそれを裏切るのは違う。

「多分あなたに関連することなのでしょうけど、緑谷のことですから、やめておきます。すみません」
「いや、いいんだよ。さて、そろそろ行った方がいい。もう間もなく君の出番だろう?」
「あ、そうでした!!」

常闇と飯田の戦闘が終わればすぐに自分の番が来るのだと思いだし、先生にぺこりと頭を下げて選手控室に走った。
ちゃんと休まなきゃだめだ。
試合外で心を使いすぎている。
簡素なパイプ椅子に座って、天井を見上げた。
今日一日で色んなことがありすぎた。
心を整えて少しずつ整理していく。
ガチャ、と音を立てて控室のドアが開いた。

「コトハ」
「わ、服!服着なよ!?なんで!?風邪ひく!」

試合後の半身が吹き飛んでしまったジャージのまま控室に入ってきた焦凍くんは一応持ってる、と真新しいジャージの入った袋を見せた。
なんで持ってるだけなの!?
焦凍くんって時々アホだよね!?

「意味ないでしょそれじゃ。ほら、それ脱いで早く着なよ」
「お前を探してた」

そんな格好でお外出歩いたんですか。
まったくこの子は……。
お姉さんの気苦労が計り知れる。
頭痛を堪えるように額に手を当ててゆっくりため息をつくと、とりあえず緑谷戦はおめでとうと笑った。

「まだ、分からない。あれで良かったのか」
「うん、そっか」
「コトハは、お前は、どう思う」
「私はもう、心配してないよ。焦凍くんがどんな答えを出しても、私はそれに納得するだろうし、きっとお母さんも、納得してくれる」
「じゃあもう少し、考えても、いいのか……?」
「うん。ゆっくり考えて、ゆっくり結論出したらいいと思うよ」

凭れてきた焦凍くんを受け止めて、綺麗なつむじを撫でた。
焦らなくて大丈夫。
もう君の前の霧は晴れてる。
後はゆっくり、道を確かめながら進めばいい。

『常闇くん場外!飯田くん三回戦進出!』
「あ」
「あ……わりぃ、俺また、自分のことばっか考えて……」
「いいって!気にしないで!それより早く服着てね!んじゃ、行ってくる!」

どことなく大人しい焦凍くんを控室に残し、スタジアムに向かった。
茨ちゃん対策、してないや。
まあ、何とかなるか。
銀のバングルに触れて、心を整えた。

「コトハ!」

あと一歩でスタジアムに出るといったところで焦凍くんに呼び留められた。
いい加減服着なさい。
未だ半裸のまま追いかけてきた焦凍くんは穏やかな顔で緩く笑った。

「応援してる。――勝てよ」

正直驚いた。
焦凍くんがそんなことを言うなんて。
そんな顔で笑うなんて。
なんか。

「うん、勝つよ!」



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