Step.62
久地楽の操る黒や白の動物たちは人間並みの頭を持っているわけでも、複雑な命令に従える訳でもないというのは今までの経験で分かっていた。
レースの鳥は単純に早く進むこと。
騎馬戦のドラゴンは障害を全て排除すること。
そして先ほどまで俺を捕らえていた黒い獣は、掴んで離さないこと。
食いちぎるほど強く噛まれているわけでもなかったため、その顎に俺の代わりに瓦礫を詰め込むことも容易だった。
久地楽の視界内では次から次へと指示が与えられるため、誘爆を起こした時に煙幕も同時に起こした。
案の定、黒い獣は俺を追ってこない。
しかし不安要素はある。
白い蝶が俺の動きを感知しているのは分かっていたが、それにしてもおかしなことがいくつかあったのだ。
俺がそう動こうと思ったのとほぼ同時に久地楽は反応して、そちらへと視線をやるものだからもしや心でも読まれているのかとも思考したが、罠を読まれなかったところを見るとそういう訳でもないだろう。
だから俺は満身創痍の久地楽を前に、油断こそしないが熟考もせず走り出す。
煙幕に紛れて黒い靄が漂っているが、これには触れても問題ないはずだ。
煙幕からようやく出て久地楽を視界に入れたとき、心のどこかで勝ったと確信した。
既に立っているのもやっとといった様子で、本来攻撃に使われていた黒が牙も爪も持たない植物にも似た触手となり、ただ久地楽を立たせるためだけの支えとして俺に見向きもしなかった。
「嫌だ……負けたくない……!」
久地楽の左半身が黒く染まっていく。
顔まで及んだそれはそいつの顔を醜く笑わせた。
嫌な笑い方だ。
俺は舌打ちをして、右手で左腕を握りこむ久地楽を睨む。
左半身に溜まっていく黒は、悪意の塊のような嫌な感じがする。
あいつの左はまともに相手をしねぇ方がいい。
なら、と右手は囮に左を狙い、左手であいつの右半身を爆破してやると力を込めた。
うぜぇことに、これが限界に近い。
最大火力を撃ったせいで筋繊維がぼろぼろな上に、散々走り回ったことで体力も尽きかけている。
久地楽はすでにライン際だ。
たとえ防がれても、ここで最大火力をぶっ放せば場外にできるだろう。
俺がそう思った瞬間、やつは俺が狙った右半身を白く染め、左からは黒い獅子を出した。
「チィッ!!」
また反応しやがった!!
とっさに出力を逆転させ、白い方に囮の光を、黒い方に本命の出力を叩き込む。
勢いに乗りすぎたせいで不意はつけたが獅子の口に腕を突っ込むことになり、危うく食い千切られそうなほど強く噛み付かれた。
クソが!!
こいつをやらねえと本体には一撃も入れられねぇ!!
筋繊維の軋む音がして、俺の右手が強い光を放った。
そこからは、まるで永遠のような長さで時が進んだ。
爆破の音も聞こえない。
まさかそんな簡単に弾けるなんて思わなかった。
黒い獅子は俺の爆発に1秒たりと耐えず、ただ恨めしそうに俺を睨んで本体を晒してしまう。
勢いを殺せない俺の右手は、本体の久地楽コトハの脇腹を正確に捉え、そして爆破した。
やっちまった、と思った。
驚いた顔のまま傾ぐあいつを、俺は何もできずに眺めていた。
間違っても人に当てていい出力じゃない。
まずい。
早くどうにかしねぇと。
驚くほどゆっくりと進む時間の中で、動けない俺とは対照的に久地楽だけが地面へと近づいていく。
久地楽が、死ぬ。
死ぬ?
俺が、爆破したせいか?
「ばか……」
時が戻る。
爆破の音も、会場のブーイングも、ミッドナイトがこっちに走ってくる音もすべて聞こえた。
けれどそんな喧騒の中、目の前にいる久地楽の声が一番耳に響いた。
ステージ上に点々とあった黒い水たまりは持ち主のもとへと収束し、久地楽が地面につく前にその体を引きとめる。
白くまだらになった部分と、顔の一部を除いて久地楽を黒が覆った。
滴り落ちる傷口も黒がふさぎ、マリオネットでも動かすかのようにゆっくりとその右手を持ち上げる。
あ、と思ったときには頬をぺち、と気の抜けるような音を立てて叩かれていた。
心を持ってかれる、と反射的に思ったが、久地楽は脇腹の傷を抑えたまま、それでもぶれずに立って笑っていた。
「そんな顔しないの。私は大丈夫だから」
久地楽は一瞬だけ悲しそうに放送席を見て、すぐに俺の後ろの誰かに手を振った。
そして再び、久地楽は俺を見る。
「君が、一番になるんでしょ。いつもみたいに、堂々と笑ってなよ」
「……うぜぇ、しゃべんな」
「うん、もう限界」
久地楽は一歩引いて、線を超えた。
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