Step.66
この前見た時よりだいぶやつれたような気がする医師は、休憩がてら私の病室に来てお小言をくれていた。
「前にも言いましたけどね、嫁の貰い手がなくなりますよ」
「ってか、先生体育祭見ててくれたんですねー」
「まさか雄英生が、しかも君が運び込まれるなんて思いませんでしたけどね」
先生はため息をついてコンビニの袋を差し出した。
病棟内にあるコンビニだ。
「なんですか?」
「まあね、こんな短期間で二回も入院してくる人はそういないわけですよ。しかもね、こんな大きい病院の外科で僕の担当になるとかね、なかなかない確率なんですよ」
つまり?
よく分からないと言った顔をしていたせいか、先生は少し困ったような顔でコンビニの袋から中のものをいくつか取り出した。
カップゼリーにティラミス、小さめのショートケーキ。
「もしかしたら君は3位を取って悔しい思いをしているのかもしれないけれど。まあ、コンビニで申し訳ないんですけどね、一応入賞祝いってことで」
「マジか先生!ありがとう!」
話は回りくどいけどめっちゃいい人!!
先生はぽん、と私の頭を撫でて病室から出て行った。
あ、痛みが少し和らいだ。
先生の個性だ。
ふと思って、すぐに病室から出て先生の後を追いかけた。
「君ね……僕は絶対安静って言いましたよね、耳ついてますよね?僕の胃のことなんてどうでもいいですか?」
「ごっ、めんなさい!?あの、先生に一個聞きたくて……」
「なんですか」
聞いていいのか分からないんですけど、と前置きをして、先生を窺い見た。
前に話した時、もし自分が神様なら個性を与えるより痛みを強くすると話していたことが、気になっていたのだ。
「先生は自分の個性が、嫌いですか?」
先生は少しだけ考えるように私から視線を彷徨わせ、まあ、と頷いた。
やっぱり、そうなんだ。
こんな個性持ってたところで良いことないですよ、と話してから、だるそうに少しかがんで私と視線を合わせた。
「だからと言ってね、違う個性を持っていても、僕はこの仕事についていると思いますけどね。よく誤解されるんですけど、僕はこの『人の痛みをないことにする』個性があるから外科医になったわけじゃないんですよ」
個性で職種を選ぶのも間違っちゃいないと思いますけどね、と一応というようにフォローして、言葉を続ける。
「僕はちゃんと勉強をして、努力をして、ここにいるわけですからね。個性が嫌いだろうと何だろうと、自分が望んで努力さえすれば、なりたいものになれるもんですよ。意外とね。君が聞きたいのはそういうことでしょう?」
言葉を挟む暇もなく、すべての答えを渡された私は、それらをしっかりと咀嚼しながら頷いた。
どうして、と思ったけれど、体育祭の1年ステージを見ていてくれたと言っていたし、もしかしたら何か察してくれていたのかもしれない。
先生は個性なんて関係なく、外科医になりたかったんだ。
私も先生は個性が理由で医者を選んだのだと思っていたけれど、考えても見れば、終末医療でもなく外科医を選ぶ時点で先生の心が垣間見えていたのかもしれない。
「じゃあ、早く病室戻ってくださいね」
「あっ!ありがとうございました!」
先生がどうして自分の個性が嫌いなのかは結局聞かなかった。
けれど、それで良かったと思っている。
体育祭の放課後、さっさと帰路に着いた私たち生徒とは裏腹に、教師陣は忙しいらしく、SHRには出席せず表彰式が終わり次第病院に搬送された私は、まだ消太くんたちに会えていなかったが、病室に戻ると消太くんがベッドサイドの椅子に座っていた。
「おかえり」
「ただいま。ちょっと先生と話してた」
「ん」
見ていたのかは分からないけれど、どうでもよさそうに頷くものだから肩をすくめてベッドに座った。
もうちょっと私に興味持ってくれてもいいんだけどなぁ。
と、思った瞬間、消太くんの腕が伸びて背中にまわり、傷に触らないくらいに優しく、そっと抱きしめられた。
あ、お兄ちゃんの匂い。
同じ入浴剤、同じ柔軟剤を使っているけれど、どこかほっとする消太くんの香りに私も腕をまわした。
「心臓に悪い」
「ごめん」
息を吐きだしながら、本当に、今やっと安心しましたみたいな声で言うものだから、少しおかしくて笑ってしまった。
いつもだったらすぐに怒られるんだけど、今日ばかりはそうでもないみたいで目元を緩ませ、私の頭を撫でて離れた。
「無事で良かった」
離れてしまった距離が勿体ない気がして、消太くんの手を取って未練がましく握る。
そこでようやく気づいた。
「包帯取れてる!!」
「いや、してるだろ」
「そうじゃなくて、減ってるね!」
いままでは何もできないくらいぐるぐる巻きのミイラマンにされていたのに、今はギプスがわりのサポーターの上から薄く包帯が巻かれているだけで、五本の指に分かれているし、顔はすでにすべて取り去られている。
お風呂上りとかに包帯を巻きなおしていたから久しぶりというわけでは無いけれど、やっぱり傷は残ってしまったのかと僅かに抉れたそこを優しくなぞった。
残ってしまったのは、傷だけではないだろうと眼科の先生から聞いている。
職業上難しいだろうが、なるべく目に負担をかけるような個性の使い方はせず、様子を見ながらのリハビリが必要だと言われたのを思い出して、ゆっくりと瞬きをした。
「入賞、おめでとう」
ぱっと意識を消太くんに向ける。
それを言いに来てくれたのだろうか。
「よく頑張ったな」
ぐっと両手を握りしめて俯く。
消太くんがそう言ってくれるのは嬉しいけれど、本当はすごく悔しい。
泣きたくなんかないのに、涙が出そうなほど。
だってあの時、力さえ使っていれば私は勝ってたのに。
しかし私には力がなかった。
あれ以上やっていれば確実に暴走するという一線が、確かに目の前に見えたのだ。
「私は……!」
「プロになれば、ヴィランを前に退かなきゃならない場面が必ずある。人々を助けるために、人々を守るためにはそれが最善だという場面が」
私よりもずっと大きい手が、俯いた私の顔を上げさせた。
「お前には、退く勇気がある」
にやりと笑った消太くんは流れ落ちてしまった私の涙を拭い去った。
ゆっくりと渡される心はとても正直な色で、取り繕うでもなくそのままなのが見た瞬間にわかる。
大きな心配と安堵、賞賛、祝福、そして、誇りと期待。
こんな私を誇りに思い、期待してくれているなんて。
「次は、勝てよ」
今ここにいて、言葉をかけてくれるその全てが愛おしかった。
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