Step.67



「そっか、頑張ってね」

勇気の心を少しだけ渡して焦凍くんの左に触れた。
火傷の跡をそっと撫でると、猫が体を擦り付けてくるみたいに片目を閉じて私の手に頬を押し付けてきた。
はーイケメンってずるいな。

「おう」

明日、お母さんに会いにいくらしい。
きっと、焦凍くんの記憶にあるお母さんよりもずっと優しい人が、そこにいるのだろう。
少しの心配もせず、私は焦凍くんの背を押した。
焦凍くんを縛める鎖が少しでも減ればいい。
お父さんのことは、まだ割り切れないかもしれないけれど、それでもお母さんは優しく受け止めてくれるだろう。

「大丈夫だよ」

私の言葉に焦凍くんは小さく頷き、「怪我、治せよ」と言葉とお見舞いのフルーツを残して病室から出て行った。
相変わらず言葉の少ない子だけど、何も言わなくたってわかる。
十年来の幼馴染なんだから、分からないわけがない。
色々とこじれて、よじれて、それでも正面を向き合えるようになった。
焦凍くんなら、大丈夫。
先ほどまでの焦凍くんの温もりが残る椅子にそっと触れて、優しい温度だと目を閉じた。
自分が望んで努力をすれば、きっとなりたいものになれる。
自身の個性を疎む先生が言った言葉には、説得力があった。

「あ、ここね」

ひょこりと顔をのぞかせた女性は溌剌と微笑んで後ろの誰かを引っ張ってきた。
あれ、知らない人……だけど誰かに似てる?

「久地楽コトハちゃんでしょ?」
「あ、はい。えっと……」
「ほら来な勝己!!」

勝己?
あれ、誰だっけ。
聞き覚えあるんだけど……。
若い女性に引っ張られて病室に入ってきたのは、爆豪だった。

「ばっ、くごう!?えっ、じゃあお姉さん!?」
「あらいい子」
「ちげーよ!ババアだ!クソが!!」
「うっさい勝己!病院で叫ばないで!」

す、すごい賑やかなご家庭だ。
むっすりとしたまま爆豪親子は病室に入ってくると、私が差し出した椅子に座った。
わ、若い……!
お肌つるつるだ。

「はじめまして。勝己の母親です。今日はね、コトハちゃんに謝りに来たのよ。このアホが威力調整しないせいで大怪我負わせちゃって、本当にごめんね」

隣に座る爆豪の頭をぐいっと押し下げたお母さんは自分も頭を下げた。

「いや、あの!頭上げてください!あれは試合でしたし、それに私だってばく……勝己くんに怪我させたと思いますし……」

そういえば右腕大丈夫?と聞くと「怪我なんかしてねぇわカス!」と怒られた。
うーん、まあ、怪我はしたけど大したことないってことかな。
リカバリーガールにリカバリーされただろうし、それほど心配はしていないけれど。

「うちのは頑丈だから大丈夫よ。それより女の子に傷でも残したら大変だからさ。傷、どんな感じ?」
「全然大丈夫ですよ、今日は様子見で入院させられてるだけなんで。傷自体はすぐにリカバリーしてもらいましたし、治せなかった部分に関してもすぐ縫ってもらって、傷も残らないそうです」
「そっか、よかった……。こんなどうしようもないアホだけどさ、体育祭の時、ずっとフォローしてくれてありがとね」

爆豪母は眦を下げて微笑んだ。
ボーイッシュなつり目の印象とは裏腹に、美しく嫋やかな外見は高校生の子供を持つ母親とは思えない。
あーすごい美人、若すぎ。
お母さんというよりお姉さんに近いような爆豪母に、とんでもないですと首を振った。

「おいババア!もういいだろうが!」
「勝己うっさい!」
「いいから出ろや!」

ぎゃあぎゃあと言いあいをしていた二人だったが、爆豪母が急に何を思いついたのかにまにまと口に手を当てて笑いを堪えた。
何だろうと思う間もなく、爆豪母は悪化する一方の爆豪を置いてじゃあねと私に手を振った。
待って!?なんで爆弾置いてくの!?
爆豪もなんで帰んないの!?
ぴたりと閉じた病室の引き戸の前で、怒りを抑え込むようにふーっと何度も息を押し殺す爆豪からは、私が見るまでもなく怒りのオーラが漂っていた。
その調子で頑張って押さえて!
多分お母さんも爆豪も忘れてると思うけどここ病院だから!
バッとこちらを振り返った爆豪はギンッと目を尖らせておおよそヒーローの形相とはかけ離れていた。

「か、かおこわ……」
「おいビビり……」
「ビビりじゃないんですけど!」
「うるせえ突っかかってくんな!」

突っかかって来てるのは君なんだけど……とは思うが大人なので口にしない。
男子は女子より精神年齢が低いので、いくらか大人な私が百歩譲って口を噤んだ。

「あんとき……俺の試合の時、てめぇなんで急に反応してきやがった?個性隠してたんか?あ?」

なんで問いかけがヤンキーなの。
けれど爆豪に問われて私も思いだす。
あの時、確かに予知をした。
予知、なのか、予測なのか、詳しくは分からないが、お母さんの個性が予知だったのを鑑みれば、おそらく予知なのだろう。
お母さんは、自分に起こることはすべて予知していた。
個性が開花した瞬間に、すべてを予知したのだという。
自分が小学校へ上がり、中学校へ上がり、高校へ上がり、大学で出会った男と何年も連れ添い、初恋はかなわないというジンクスを少しだけ恐れながら見事ゴールインし、私を授かる。
そして、運命の日、死ぬのだと。
お母さんは、自身の予知はあくまで不確定な未来を覗き見するのであって、それを確定させるのは己の心と他者の心なのだとよく言っていた。
たち、と涙が一粒零れた。
爆豪がぎょっとした顔をするのが少しだけおかしくて、思わず笑う。
はずだったのだけれど、上手くいかなくて顔を伏せた。

「ずっと、一つだと思ってたんだけど、違ったの。お母さんの個性が、ちゃんと私の中にも息づいていた……」

形見はたくさん持っている。
しかし、この体の中にある個性の遺伝子ほど強いつながりはないだろう。
私はきっと、自分の生きざまから死にざままでを全て見て生きたお母さんほど強くはなれない。
それでも、そんな強いお母さんの個性が私の中にあるのだと思うだけで、私まで強くなれるような気がするのだ。

「爆豪が、それに気づかせてくれた。ありがとう」

ぐぐ、と何か言いたげな爆豪は、お礼を言われなれていないのかそれともただ単に罵倒が底をついたのか、いつもなら流れるように出てくる悪態もなりを潜めてドアのほうへと立って背を向けてしまった。
心からのお礼をシカトするとか中々だなお前!
私がぐっと右手を握ると察知したのか振り返った。
えっ。
すぐに手を下ろして、視線の合わない爆豪の顔をじっと見つめる。

「……今度はそれも使って全力でこいや」

悩むだけ悩んでそれか、戦闘狂め!
と、思わなくもないけど、体育祭の経験で私は知っているのだ。
爆豪は器用なくせに不器用で、それでいて、結構、良いやつなのだと。

「今度は私が勝つよ」
「ハッ、言ってろビビり」

今度こそ私に背を向けて、爆豪は病室を出ていった。



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