Step.68



「コトハ!!公私混同しなかったお兄ちゃんを褒めてくれよ!!死ぬほどつらかった!マジで!」
「だいぶしてたろ」
「怪我はもう大丈夫なのか!?もう一泊入院しなくて平気か!?っていうか月曜から学校行けんのか!?休む!?兄ちゃんと一緒に休むか!?」
「きっちり働け社会人」

言葉と同時に消太くんの蹴りがひざしくんの頬を正確にとらえた。
えぐい。
めっちゃ飛んだ。
何だか久しぶりのような気がする家の壁で気を失っているひざしくんを横目で見ながら相変わらずのようだと笑う。

「見事な蹴りです先生」
「やっぱ体なまってんな」
「ヘイ!俺はサンドバッグじゃねーぜ!?」

復活早いな。
消太くんの制裁なんて慣れっこすぎて感覚おかしくなってるんじゃないだろうか。
それはそうと、と楽しげにひざしくんはタブレットをこちらに向けた。
うちでずっと充電してある奴だけどひざしくんのだ。
正直掃除の時に邪魔だからお持ち帰りしてほしい。
私はコンセント周りはすっきりさせたいタイプなのだ。

「俺の珠玉のデートプラン!どうよー?」
「ふぅーん」
「えっ、反応うっす!?」
「お前のためのプランだぞ。ちゃんと選べ」

後ろから覗き込んできた消太くんの言葉に、ぴたりと止まる。
そうなの!?
弾かれたようにひざしくんを見た私に、ひざしくんは特徴的な目をきらりと輝かせて口角を上げた。
いつもしっかりと固められている金髪も、オフの今日はさらりと流されていて、ひざしくんはその艶やかな前髪をさっとかき上げ、短く息をつく。
そして大げさに両腕を広げた。

「さあ来い!コトハ!」
「ひざしお兄ちゃん!!」
「コトハ!」
「お兄ちゃん!!」
「コトハ!」
「おに――」
「いい加減にしとけ」

ひざしくんだけ器用に蹴られて飛んでいった。
こ、こっわ!?
本当に病み上がりなのかなこの人!!

「気持ちは分かるけど何で俺だけ……」
「怪我人に蹴りなんて入れるわけねぇだろ」
「おっしゃる通りで……でも俺の記憶が間違ってなけりゃお前も病み上がり……」
「コトハ、早く決めろ」
「アッハイ」

多分私も病み上がりじゃなかったらまとめて蹴られてたな。
恐ろしい現実とひざしくんから目を背けてタブレットに目を落とす。
あ、もしかしてここって……。

「ひざしくん、ここ!」


******


ガラスの天井を、床を、悠然と魚たちが泳いでいく。
こちら側にある光は非常時用の誘導灯だけで、後の全ては水槽の上から注がれる自然に近い光のみだ。
あまりに美しい青い世界に心を奪われた。
大きなマンタがゆっくりと天井を泳ぎ、まるで海の中にいるかのような通路に影を落とす。
途端に暗くなる視界に、すぐ目が慣れて魚たちを追う。

「お前本当に水族館好きだよな。前も来たろ」

ひざしくんの言葉に振り返った。
人気ヒーローだから騒ぎにならないように今日は髪を降ろして緩くまとめ、サングラスも外しているせいか、いつもとは違う大人の色気マックスで逆に目立っている。
ふふん、うちのひざしくんカッコイイだろー。
消太くんはまあ、いつも通りだけど。
おでかけ前にもさもさを軽く後ろで縛ってあげたから、いつもほど不審者では無いけど無精ひげも剃ればよかった。

「何度来てもいいよね、水族館は!それにね、今日はちょっと目的があるんですよ」

まるで海の中にいるような通路を抜ければ、中央の巨大円形プールに人だかりが出来ていて、その先のショーを期待して胸を抑えた。
し、しんどい……!
お兄ちゃんたちを後ろに置き去りにして、比較的人の少ないところに紛れ込む。
ギャングオルカによるシャチの生態解説ショーだ。
とてもマニアックな内容とそこそこ怖い外見で子供ウケはしていないものの、世のお父様方や一部の私みたいなファンにはとても人気で今日のデートプランにこの水族館が入っていた時は天の思し召しだと思った。

「か、かっこいい……!」
「お前、中々渋いチョイスだな……」
「あの人事務所あるだろ……何やってんだ……」

三者三様の反応だけど、ギャングオルカのショーはお兄ちゃんたちの琴線には触れなかったらしい。
残念だ。
シャチはとても強い海の王者だけど人に危害を加えるようなことはなくて好奇心旺盛なんだよーっていうことを何やら難しく説明するギャングオルカかわいい。
この前雑誌で子供ウケしてないの気にしてるって話してたのに改めていかないスタイル嫌いじゃないです。
海難ヒーローのセルキーと対談した時の映像楽しすぎた。
子供ウケしたいのはセルキーもそうだと言っていたけれど、やっぱり全然可愛くないのが本当にいい。
二人ともムキムキマッチョなのがいかんと思うよ私は。

「尊い……!」
「飯どうする?」
「なんでもいい」
「コトハはーって聞いてねぇな!」
『それでは聞いてみましょう!シャチの背中に乗る勇気のある人はいますかー!?』
「はい!乗りたい!」

まばらにいたお父さんたちの中で女子高生は目立ったのか、視界のお姉さんがそれじゃあ君!と私を指した。
待って最高、私死ぬかもしれん。
女子高生で良かった。

「コトハ!?」
「行ってきます!」

巨大プールに近づくとお姉さんが濡れちゃうけど大丈夫かな?と聞いてくれた。
それに深くうなずき、案内されたステージのほうへと、もう一人選ばれたであろう男の子と一緒に向かう。

「こんにちは、シャチ好き?」

目を輝かせてぶんぶんと縦に何度もうなずいた少年に思わず微笑んだ。
その気持ち凄い分かるよ。
それでもギャングオルカは少し怖いのか、私の後ろに隠れて控えめに顔をのぞかせた。
んん、可愛い。
前門のシャチ、後門のショタとは中々だ。

「おや、君は……」
「その節はお世話になりました!雄英の久地楽コトハです!生態解説とても興味深かったです!」
「ありがとう。君も3位入賞おめでとう」
「ありがとうございます!精進します!」

ギャングオルカ……かっこよすぎか。
少年を威圧しないためか、ギャングオルカは膝をついてなるべく体を折って視線を合わせようとかがんだ。
それでもやっぱり大きいの可愛い。
少年にこっそり勇気の欠片を渡して背中をそっと押す。

「君のお名前は?」
「トージ」

私の手を握りながらではあるものの、しっかりと応えたトージくんに内心拍手を送り、ギャングオルカに頭を撫でられる彼を羨望のまなざしで見つめた。
くっ、私だって幼女だったら!
勇気が切れたのか、また私の後ろに戻ってきたトージくんとプールサイドへと寄る。
お姉さんがぱんぱん、と水面を叩くとシャチたちが興味津々とばかりに寄ってきた。
すごく楽しそうな白い色が見える。
お姉さんがぐんっと腕を振るうとシャチがプールの浅いところに乗っかってくる。
す、すごい。
もう一度勇気を貸してあげ、トージくんはギャングオルカの手によってシャチの背へと乗った。
あの子が小さいからというのもあるが、それにしてもシャチは大きい。

「じゃあトージくん!シャチから落ちないようにね!」

お姉さんの笛によってシャチが水面へと戻っていった。
トージくんを水の中に落とさないように広いプールをゆっくりと泳いでいく。
私のもとにも先程より一回りも大きいシャチが顔を出した。

「よろしくね」

頭に触れて心を通わせれば、シャチは任せろとばかりに短く鳴いた。



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