Step.69
トージくんが乗っていた方のシャチは比較的おとなしかったのか、足元しか濡れていない彼とは対照的に、私は頭の上からつま先までぐっしょりと濡れていた。
普通に潜水した時はまさかトージくんも同じことをしたのかと思ったがそうでもないらしい。
雄英生なのバレたから行けるべとか思われたのかな。
一応病み上がりなんだけど。
まあ、楽しかったからいいんだけど。
だからひざしくん泣くの止めて。
消太くんは消太くんでうつらうつらしてるし!
夜はちゃんと寝てよ!合理的じゃないなぁ!
シャチに「楽しかったよ、ありがとう」と頭を撫でて心を少しだけ渡した。
動物の心は人間よりも靄がかかったように混濁していて分かりづらいけど、その分直接的でシャチからも楽しいという心が水をかけるようにぶん投げられた。
「トージくん、怖くなかった?」
「楽しかった!」
自然と私の手を握ったトージくんに、心臓を鷲掴まれながらよかったと微笑んだ。
私の乗っていたシャチの横に、トージくんが乗っていたシャチが顔を出した。
うわ、すっごいうずうずしてる。
よく乗りこなしたもんだよ、トージくん。
彼はもしかすると大物になるのかもしれないとトージくんに感心し、好奇心に満ちた心を漂わせるシャチを見た。
トージくんもシャチに目を移し、プールサイドにててて、と走り寄ってまたねと両手を振った。
あー、可愛いの暴力。
そんなんシャチもノックアウトされますわ。
ちゃぽんと一度沈んだシャチは、勢いをつけてもう一度浮上した。
あ、と思うより先に、私の足は走りだしていた。
「トージくん!!」
私は叫んで腕を伸ばすが、トージくんはシャチにTシャツを噛まれてプールへと引きずり込まれる。
そんな!
腕を伸ばしたせいで体勢を崩したが、すぐに立て直してプールに飛び込んだ。
シャチなら目の前にいる、それに先程触ったばかりだったためシャチを再現するのは普段よりもずっと簡単だ。
しかし、水の中で白や黒でものを作ることはできない。
そもそも、ある程度の空間がなければ、そこにあるものを押しのけて作ったりはできないのだ。
とにかく今はシャチに追いつかなければ。
館内の巨大水槽とつながっているせいでとても深いプールに、先程のシャチを追いかけて潜水する。
水にも暗さにも目がなれなくて視界はほぼゼロといってもいいほどだったが、シャチがまき散らす白い心とおそらくトージくんから放出されているだろう恐怖の心が私の目にははっきりと見えていた。
シャチに悪気はない。
ただ遊びたかったのだ。
けれど。
やっと追いついたシャチに触れて心を根こそぎ奪った。
意思を失ったシャチはぼんやりとトージくんを放して漂った。
ごめんね、本当にごめん。
シャチに心の中で何度も謝り、トージくんを抱える。
え、冷たい……?
まさかと嫌な憶測が頭をよぎったが、まともに息も整えずに飛び込んでしまったせいでそろそろ酸素が切れる。
とにかく上へと泳ぐと、すさまじい速さの何かに抱えられ、それがギャングオルカだと気づいた瞬間、ほっと安心したが、対照的に腕の中のトージくんが急激に冷たくなっていった。
体温低下とかそういうレベルじゃない。
個性の暴走だ。
腕ごと凍りついていく感覚が恐ろしかったが、すぐにギャングオルカがトージくんを抱えている私を抱えて浮上してくれた。
その間に私はトージくんに白い心を渡す。
大丈夫、怖くない。怖くないよ。
「久地楽!無事か!」
「げほっ、大丈夫です、この子、凍って……!!」
トージくんを抱えたまま凍り付いているせいで離すこともできず、むせながら客席のほうを見た。
「消太くん見て!!」
すぐに消太くんは私の意図するところを察して、個性を発動してくれた。
まだ痛むのかもしれないが、そのおかげでトージくんの暴走は止まった。
『火炎系、温熱系の個性持ってるやつがいたら来てくれ!』
一目散に駆け寄ってきてくれたひざしくんが個性を使って呼びかけてくれるが、どんどん腕の感覚がなくなっていく。
飼育員のお姉さんが私に抱きかかえられたままのトージくんの水を吐かせてくれた。
ゆっくりと呼吸が戻るのを感じて、ほっと胸をなでおろす。
「冬至!!」
トージくんの両親らしき人が駆け寄ってきて不安そうにトージくんの頭を撫でた。
「大丈夫です!気を失ってはいますが、ちゃんと水も吐けましたし、氷自体も服と私がくっついちゃってるだけで、多分トージくんには霜すら降りてないですよ!」
パニックを起こしかけていた様子のお母さんに白い心を少しだけ渡して落ち着いてもらう。
お父さんの方はすぐに「すまない、それは僕の個性なんだ」と私の凍った腕を撫でた。
微々たるものではあるが、徐々に氷が融解していく。
「凝固だよ。周りが水だったからきっと凍ってしまったんだ……」
「心配ないですよ!私、昔っから氷に縁があって、ちょっとやそっとじゃ驚きませんから!」
そうこうしているうちに変熱の個性を持った人によって氷が溶かされ、冷えてしまった私とトージくんの体も温めてもらった。
少ししてトージくんの意識も戻り、案外はっきりと受け応えを擦る様子を見て、やっと心の底から安心した。
氷の件に関しては記憶がないようだったので、その場にいた全員でアイコンタクトを取り、なかったことにした。
「お姉ちゃん……あの、ありがと」
お母さんに促されるでもなく、トージくんは自分の言葉で私にお礼を言ってきた。
驚いて記憶があるのかと問えば、記憶自体はないもののそんな感じの心が流れ込んできたという。
焦っていたから白い心のほかにも色々渡してしまったのかもしれない。
「そっか、どういたしまして。あの、トージくん……怖かったよね、シャチのこと、嫌いになっちゃったかな」
「びっくりしたけど、怖くないよ」
お姉ちゃんの心をもらったから、とトージくんは胸に手を当ててにっこり笑った。
くっ、何でも欲しいもの言ってごらん!!
トージくんの笑顔に胸を打たれていると、お兄ちゃんたちと話していたギャングオルカに名前を呼ばれた。
でも、トラウマにならなくて本当によかった。
ご両親的にはトラウマものかもしれないが、トージくんがもう二度と水族館に来たくないとでも言おうものなら私こそが耐えられなかった気がする。
ギャングオルカの傍に駆け寄ると、間髪入れずに消太くんのチョップが降ってきた。
「うわっ!?な、なに痛い!!?」
「考えなしに飛び込むな。ギャングオルカがいるのにお前が行く必要なかっただろ」
「で、でも私のほうが近かったし!」
「そーゆー問題じゃねーの!いいか、俺らはプロヒーロー!お前はプロですらないただのヒーロー科のペーペーなんだぜ!?分かるよな!」
返答に詰まった私に、ひざしくんは畳み掛けるように言葉を繋ぐ。
でも、納得いかない私はむっすりと不承不承謝った。
そんな様子に甘すぎるひざしくんは「言いすぎたよな、ごめんな、機嫌なおせよ、兄ちゃん心配だったんだよ」と私の頭を禿げるくらい撫でまわして消太くんに裏拳を叩き込まれていた。
あれ痛いよね、知ってる。
「君の行いは、プロでなかったがゆえに叱責されてしかるべきものとなってしまったが、しかしその実、君の行動、振る舞い自体はプロでさえあったなら称賛されたものだろう。大人として、君をほめることはしないが」
ギャングオルカの言葉に心臓が脈打った。
あー、今日が命日でもいい。
******
水族館の人やトージくんのご両親に何度もお礼を言われながら、その場を後にした。
ギャングオルカのお言葉にすっかり機嫌のよくなっていた私だったが、ひざしくんは私の機嫌を取ろうとうざいくらいに構ってくる。
そろそろ面倒くさくなってきた。
「ひざしくんはさぁ」
「お!?なんだ?」
「個性で苦労するタイプだと思うんだけど、新人の時に下手こいたりとかしなかった?」
「ナンセンスな質問だぜ!この俺が――」
「卒業後は知らないが、仮免の時は週に一度のペースで呼び出しされてたよ」
「そうなんだ」
「オイ!?そりゃねぇぜショータ!!」
にやにやとひざしくんを見ていた消太くんが、私を見降ろして首を傾げた。
魚は生まれながらにして泳ぐ方法を知っているのに、どうして人は個性を上手く扱えないんだろう。
ひざしくんも消太くんも、きっともう暴発なんてことはしないのだろう。
さっきは暴走してしまったトージくんの個性だって、時間が経てばコントロールできるようになる。
焦凍くんがやっと向き合い始めた左の炎だってきっとそうだ。
ぴったりとパズルのピースのようにハマる瞬間があるのだろうか。
「話すのが得意な奴もいれば、下手な奴もいるだろ」
一体何が口に出ていたのか、それとも消太くんは何も言っていない私の心を察知して言葉を吐いたのか、どちらか分からないけれど、とにかくあっさりと言葉を落とした。
「そーそ、俺と消太みたいにな!」
「別に下手じゃないだろ」
「俺よか下手だろ!」
少し考えて頷く。
まあ要するに、個性のコントロールも、話術も、出来には個人差があって、成長したいなら練習が必要ってことなのだろう。
全部察せられる私ってすごく優秀。
「ねえ、ちょっとお願いがあるんだけど」
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