Step.73
職場体験も折り返し地点ということで、シャチョーとパトロールが常であった。
ぴこん、と軽い音が鳴って、シャチョーと目があう。
「あ、すみません、私です」
「いい、確認しておけ。お兄さんからかもしれないだろう」
消太くんたちと何かを話していたとは思っていたが、どこまで話したのだろう。
シャチョーのお言葉に甘えて携帯を確認すれば、A組のクラス全員に緑谷が位置情報だけを一括送信していた。
え?
位置情報の一括送信?
場所は保須市だ。
朝見たニュースがフラッシュバックする。
ヒーロー殺し、確か保須市だったな……。
いや、まさか。
だけど、緑谷はこういう無意味なことをするやつじゃない。
「シャチョー!あの!」
「緊急か」
「保須市にいるクラスメイトが、おそらくなんですけど、応援を要請してて……!」
「ここからだと直線でも100kmはあるか。あっちにいる知り合いのプロに連絡してやる」
「お願いします!あの、それで、私も保須に!」
「……まあ、俺がいれば問題ないだろうが車でも2時間以上かかるぞ」
ぐっと奥歯を噛みしめた。
2時間……そんなに時間がかかっては意味がない。
でも、直線で100kmなら、あるいは。
「私なら、20分で着きます。引率お願いできますか」
体育祭からこれまで、何もしてこなかったわけじゃない。
仕方がなさそうに頷いたシャチョーに黙礼を返して、白と黒が混ざり合った卵を割った。
******
時速300kmで飛ばしてきた超高速のシャチを撫でて速度を緩める。
ちょっと死ぬかと思うほどしんどかった。
江向通りはこの辺、だろうか。
シャチョーを後ろに乗せたまま、燃え上がる街を見降ろしてみる。
状況は想像よりずっと悪い。
「ハーティ、あそこだ!」
反響定位で私よりもずっと探知に長けているシャチョーの声にバッと振り向いた。
ヒーローの集団と、ヒーロー殺しの傍にうずくまっている緑谷を見つけた。
「緑谷!」
ヒーロー殺しは傍に転がる脳無の頭を切り裂き、左手で緑谷を抑え込んでいる。
まずい!守らなきゃ!
全身に心を巡らせ、白い鳥を具現化する。
「降りるな!ヒーロー殺しは近距離戦闘だ!常に中長距離で――」
シャチから飛び降りようとした私を捕まえたシャチョーは、息をのんだ。
ぞっとするような大きな悪意。
ヒーロー殺しが一歩踏み込む。
その手にあるのは手の平に納まるほど小さい刃であるというのに、一歩たりと動けない。
不幸中の幸いか、ヒーロー殺しは緑谷に見向きもせず、ともすればおそらくエンデヴァーに向かっていく。
違う。
そんなことでなぜ安心なんかできるか。
あっちには焦凍くんがいるんだ!!
動け!!
こんな程度の恐怖、いままで、いくらでも!!
動けよ!!
気迫に押されただなんて、そんな情けない話、あってたまるか!
「俺を殺していいのは、オールマイトだけだ!!」
誰もが立ち竦む恐怖と気迫。
私だけが心を制御できるのに!!
今ここで動かなきゃ!!
ヒーロー殺しの手から滑り落ちて落下したナイフが立てる、カン、という軽い音で、全員が我に返った。
「気を、失ってる……」
誰が呟いたのかもわからぬほどに、誰もが呆然とヒーロー殺しを見つめていた。
震える手をギャングオルカに握られて、ようやく自身が震えていたことに気づく。
動けなかった。
「ハーティ、悔恨は後だ。お前は住民の避難誘導とメンタルケアを行え」
「は、い」
「エンデヴァー!救急車は呼んである。子供たちを早く非難させろ」
「ああ、言われずとも」
シャチョーは優しく、けれどしっかりと私の肩を掴み、巨大なシャチの背を軽く二度叩いた。
「さあ、行くぞ。ヒーローはヴィランを倒すだけが仕事じゃない」
「はい!」
火災、崩壊、ヒーロー殺しと同時に現れた何体かの脳無によって、街は混乱の渦中にあった。
適性のあるヒーローたちが飛びまわる中、私も自身の悔恨を飲み込んで避難誘導、救助に当たっていた。
上空から鳥を飛ばし、人々に少しずつ勇気と希望を与えながらヒーローに合流させ、時折シャチョーが反響定位で見つけた人を火災の中から救助する。
職場体験中、何度か言われた通り、私には救助活動に対する大幅な伸びしろと適性があった。
「ハーティ、報道ヘリが来る。少し高度を下げろ」
「はい」
シャチョーは火にあまり強くないからと上げていた高度を下げつつ、報道ヘリを仰いだ。
どこかを指して女性リポーターが何かを喋っている。
けれどそちらは火の手が上がっていない。
なら今は目の前の救助を優先すべきだろう。
私はそう思い、その先にいた敵を見過ごしてしまった。
決して許せない、許してはいけない敵を。
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