Step.74


『うん、私は全然。無傷だよ』
「そうか、よかったよ」

電話口から聞こえたコトハの声に、それまでずっと詰めていた息をゆっくりと吐きだした。
緑谷達がヒーロー殺しと相対したと連絡を受け、アイツらはまた何をしているんだと戦慄したが、その場にコトハがい合わせたと聞いて、一瞬ではあるが、最悪の想像をした。
コトハを信用していないわけでは無かったし、あの子が職場体験に行ったのは保須市からずっと距離のある牛三市だったから、何故という思いも強かったのだが、それでもUSJの一件がフラッシュバックする。
実際、ギャングオルカの事務所に電話をかければ、ちょうど後処理が落ち着いたところらしく社長であるギャングオルカその人が電話に出た。
簡潔に状況説明と、保須に至り救助活動を行った旨を伝えられて、職業体験前に個性管理課のほうからその手の説明があったせいかすぐにコトハに代わった。
あまりにもあっさりと何でもないように言葉を紡ぐものだから、心配したこちらが馬鹿みたいだ。
でも、それでよかった。

「教師としてはこんなこと言えないけどね、俺はお前が無事で良かったよ」
『……ん、ありがと』
「あと一日、職場体験頑張れよ」
『うん、頑張る』

喜色を帯びながらも、どこか元気のない様子に、無意識ながら携帯を見る。
帰ってきたら、少し聞いてみるか。
コトハは「じゃあまだ少し処理が残ってるから」と言って忙しそうに電話を切った。
何かがあって、もしかしたら、忙しさに身を投じたいのかもしれない。
職場体験先のギャングオルカがいる以上、問題はないと思うが、また少し心配が頭をもたげた。
……違うか。
いつまでも俺と話して安心するだけの甘ったれじゃなくなったということだ。
自分の今すべきことをきちんと合理的に見極めているのだろう。
我が子が成長したような少しだけの寂寥に、テーブルに肘をついてため息をつく。
俺も年を食ったな。
コトハがいたらいい顔はしないだろうゼリーを咥えながら、パソコンに向き合った。
いつかはこの家を出て、コトハもプロとして活動するようになるのだろうか。
期末の実技試験の編制を眺め、パソコンを閉じた。
ふとそれを見計らったかのように携帯が着信を告げる。

「はい、相澤です」
『お世話になっております、個性管理課の国本です』

また嫌な予感がした。
この人が電話をかけてくるときは大概碌なことがない。

「どうも」
『久地楽コトハさんの件でお電話いたしました。保須市の報道はご覧になりましたか?』
「いまテレビでやっている程度には」
『現在個性管理課で報道規制をかけているのですが、死柄木弔が現場にいたそうです。それで、コトハさんのトリガーになりかねないと思いお電話を。彼女と連絡はつきましたか?』
「ええ。多少気落ちしていた様子でしたが今は忙しそうにしていましたね」
『それであれば、いいのですが。生放送で流れてしまった分に規制をかけられず、いま後手後手に回っている状況なので……』

コトハが死柄木弔の映像を見たとして、それはあいつを暴走させるトリガーになりえるのだろうか。
俺がUSJで打ちのめされたあの一件のせいで、そこまでコトハの心に傷を負わせたのか。
ネット上ではヒーロー殺しステインの映像が投稿と削除のいたちごっこであるいま、ヴィラン連合の現トップであろう死柄木の映像もおそらく近いうちにコトハの目に入ることになるだろう。

「そう、ですか」
『コトハさんがヒーロー殺しと接触したということなので、私が担当者としてコトハさんに事情を聞きに行きます。一応、ご報告までに』
「ご丁寧にどうも。良ければ、なんですが……コトハの事情聴取が終わったら、あの子の様子を教えていただけませんか」
『ええ、分かりました。それでは』
「よろしくお願いします」

これがもし、普通の―――というのも語弊があるが、ヒーロー殺しほどの大物でなければ、コトハに事情聴取など行われなかったのだろう。
分かってはいたが、将来的に見ても、あの子には個性管理課がついて回るのか。
深くため息をついて、どうしたものかと空になったゼリーをゴミ箱に投げ捨てた。



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