Step.75
「大変お世話になりました!!」
精一杯の感謝を込めて、社の皆さんに頭を下げる。
色々あったけど、すごく勉強になった一週間だった。
社員寮はすごく綺麗だし、ちょっとしんどかったけど社員さんとの組手も自分の苦手とする部分が分かって楽しかった。
職場体験中、幾度となく救助活動を主とするヒーローを勧められたが、その度に私は曖昧な顔で笑った。
確かに、私の個性であればそうなのかもしれないけれど、それは、ヴィランを前にして目を背けているようで、嫌だったのだ。
USJが襲撃されたときも、ヒーロー殺しと対峙した時も、私は一度だって自身の力で立ち向かえていない。
シャチョーが私に後方支援を勧めるのは、きっと管理課の影がいつまでも付き纏うからだろう。
ヒーロー殺しと対面した夜、国本さんが来て短い時間ではあったが状況を聞かれた。
後方支援であれば管理課も動かないといったようなことを、国本さんもはっきりとは言わないがにおわせていた。
個性管理課が懸念するような暴走が起きづらいからだろう。
「久地楽コトハ、お前は人を率いていける人間だ」
シャチョーの声に、私の何倍もある巨体を見上げた。
救助活動を主とするヒーローを勧めてきた今までとは、少し違う言葉。
「対敵したときに動けなかったことを悔いているだろう」
小さく頷く。
もしあの場にいたのが、焦凍くんたちの場所にいたのが、消太くんだったら、動けたのだろうか。
人の命に優劣なんかないはずなのに、家族と友だちを比べてしまう自分に吐き気がする。
しかし動けたとして、暴走を起こさずに立ち向かえただろうか。
正直なところ、自信がない。
暴走しないと決めたはずなのに、強大な悪意が現れたとき、私の心はあっけなく曝されてしまうのかもしれない。
「後悔は、いつまでもついてくる。上手に付き合っていけ」
「シャチョーも、あるんですか?」
「たくさんある。けれど、それに足を取られてはならん」
「……はい」
シャチョーは膝をついて身をかがめ、私と同じ高さで目戦を絡み合わせた。
四つの目が私をしっかりと見つめてくる。
「お前は人に心を与えられる。誰もが臆し、立ち竦んだとき、お前だけが人々の背を押せる」
ヒーロースーツを脱いだ学生の私に、シャチョーは「ハーティ」とヒーロー名で呼びかけた。
しゃんと背が伸びるような、凛と張った、けれど優しい声に、思わずシャチョーの手に触れた。
心が来る。
「お前の個性は、人を動かす」
重圧と期待。
いつまでも学生気分でふわふわとしていた私を、地につけるような言葉だった。
******
「……なにアレ?」
「知らん」
日曜の朝、コトハが職場体験から帰ってきたかと思うと帰宅の挨拶もそこそこに泣きだしたのだ。
ぐずぐずと要領を得ない言葉に耳を傾けていれば、どうやらギャングオルカに褒められただか期待されているだとかで嬉し涙なのだそうな。
心配させんなと一発でこピンをしてからは放置を決めていた。
そんなコトハを察知したのかしていないのか鬱陶しくも遊びに来た山田ひざしに、説明するのが面倒で首を振る。
当のコトハはいまだにぐずぐず泣きながら昼飯を作っている。
泣くか作るかどっちかにしろよ。
「シャチョーとお別れしたくなかったぁあああ……!!」
「年上!?だ、ダメだぞコトハ!」
「お前は相変わらず何言ってんだ」
こんな騒がしい中では仕事をする気も失せ、ソファにもたれかかれば、ちょうどこちらに来ていたのか黒と目があった。
目がどこにあるかはよく分からないが。
「久しぶりだな。元気だったか」
「ずっとコトハの中にいるし、別に久しぶりじゃないよ」
まあそうか、と頷き、隣に座れと促す。
白は泣きながら飯を作っているコトハの手伝いをしているらしい。
ひざしがちょっかいをかけては白に蹴られている。
……手伝いって言うか、露払いか?
隣に座った黒は、膝を抱えて俺に凭れてきた。
「元気じゃないのか」
「んー、相談」
「コトハに聞かれたくないのか?」
小さくうなずいた黒はヒーロー殺しと遭遇した夜の話をし始めた。
保須で救助を行い、プロのサポートをしつつ、夜の街を駆け巡ったこと、そして、死柄木弔がいたとテレビを見て知ってしまったこと。
「コトハは、暴走しかけたよ」
温度のない手が、俺の手に重なる。
ギャングオルカと牛三市に帰る途中、家電量販店の店先で死柄木を見たコトハは、その瞬間に自身の暴走を察知して白い心で自分を覆いこんだ。
「そのおかげで暴走はしなかった。でも、暴走しかけた事実は変わらないの。コトハは、死柄木を殺したくて仕方がない」
「お前は?」
「わ、たしはそんな……怒りはあるけど、コトハがコトハじゃなくなっちゃう方が怖い」
「なら、大丈夫だろ。実際、暴走はしてないしな。コントロールできてるってことだよ」
黒いコトハをぽんぽん、と落ち着かせるように撫でて昼飯の匂いを嗅ぎながら目を閉じた。
暴走ってのは、コトハの自我が失われて、黒も白も手が出せなくなった場合のこと。
コトハはちゃんと成長してる。
大丈夫。
「ちょっと聞いて!!白が砂糖と塩間違ったんだけど!!そんな古典的なミスする!?容器も違うのに!?」
「いーたーい!!おねえちゃんやめてよ!ほっぺつねらないでー!!!」
「大丈夫そうだろ」
「……うちのアホどもがホントごめん」
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