Step.××


久地楽がクラスの連中にも、幼馴染だという轟にも秘密にしていることを、俺に話してくれた。
不可抗力とはいえ、だいぶ踏み込んだ話をして気まずい空気になるかとも思ったが、そんなこともなく、いつも通りだった。
ショッピングモールで死柄木弔がいたと聞いた時、とっさに掴んだ久地楽の腕の感触が、未だに抜けない。
手が触れることなんて、今まで何度もあったというのに。
期末の実技試験前だって、シンクロのために手どころか心まで繋いでいた。
だというのに。

「切島、送ってくれてありがと。お茶でも飲んでく?」

うぐ、と言葉に詰まる。
学年首席のくせに頭空っぽかよこいつ!

「お前な、俺も一応男だぞ。こんな夜中にそう簡単に家に上げんな」
「切島だから上げようと思ったんだけど」
「あーもう、いいから!ちゃんと鍵しめて寝ろよ!いいな!おやすみ!」

くっそ、男らしくねぇ!
久地楽の言葉に若干ショックを受けた自分と喜んでいる自分がいて、今すぐ体を二つに分けて殴り倒したい気分だった。
わしわしと少し乱暴に久地楽の頭を撫でて玄関のドアを閉めようとしたが、久地楽の顔を見て体が硬直した。
無意識にかは分からないが、ゆっくりと地面に落ちていく視線と少しだけ寂し気な顔。
そりゃ、そうか。
死柄木はもちろん俺たちにとっても敵だが、こいつに限っては天敵もいいところだ。
保護者だという相澤先生も仕事に出てしまって、心細いのだろう。
すり、と両手を擦り合わせる久地楽のうなじを、思わずつかんで引き寄せた。
勢いのまま、妙に視線を惹く唇に魅せられて顔を近づける。
が、パッと俺を見た久地楽と目があって再び動きを止めた。

「切島、笑って」

あぁ……―――。
まったく俺を意識しないその仕草に、全てを悟ってしまう。
訳の分からない喪失感に苦笑したいのを堪え、久地楽の望む笑顔を見せた。
俺の腕の中にいるのに、なに一つ俺の手の中にない久地楽は、満足そうに笑ってありがとうと言った。

「じゃあな、コトハ」
「あ、うん……えいじろー?」

自信なさげに俺の名を呼んだ久地楽の額にキスをして、腕を放した。
一歩引くことで今度こそしっかりとドアを閉じて、久地楽が施錠した音を聞く。
俺は、久地楽の中にいない。
踵を返して、暗い夜道を歩いた。
冷えた空気が混濁した心を攫っていくようで、いつもよりゆっくりと歩く。
久地楽に触れた手が、未だに熱い。
今まで触れてきた手を、一度意識してしまえばそれは熱から痛みに代わった。
ぐっと手を握れば、空気すら掴めず、手の平に爪が食い込んだ。
一度だって俺の手の中にあったことなんてない。
中学の時だって、今だって。
「あー、だめだ」
情けねぇ、男らしくもねぇ。
たった一つ以外、何も変わりはしないというのに。
久地楽は情けない俺を助けてくれた。
その時に決めた。
もう二度と後悔しないように、強く、守れるヒーローになる、と。
思えばあの瞬間から、俺は惹かれていたのかもしれない。
憧れに良く似ていて、けれどもっと俗世的で綺麗とは呼べないもの。
その心を自覚した、ということだけが、唯一今までと違う。
それ以外は何も変わらないし、変えたいとも思わない。
駅の前で立ち止まった。
熟考して、来た道を振り返る。
そうだ。

「俺が、好きなだけだ」

たとえあいつの心に俺がいなくても。
握り閉めていた手を開けば、そこにはもう熱も痛みも残っていなかった。
吹っ切れたはずなのに、少しだけ、本当に少しだけ、俺の頬を雫が伝った。



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