Step.96
先に部屋を出た焦凍くんの背を見ながら、女子たちに声をかけて、私も部屋を出ようとした。
が、出る前に切島に捕まった。
「待て待て!そんなんで外出たら風邪ひくって!とりあえず上着ぐらい着とけ!」
「おー、ありがとー」
切島に渡されたパーカーに腕を通しながら今度こそ部屋の外に出ると、廊下の少し先で焦凍くんが待っていた。
ぶかぶかのパーカーを一瞥して、けれど何も言わず黙したまま廊下の突き当たりにあるベランダに出た。
夏とはいえ肌寒い風に、切島からパーカーを借りて正解だったと両手をすり合わせる。
しかし髪が濡れたまま来てしまったのは失敗だったなぁ。
「期末試験、なんで俺を選ばなかったんだ?」
焦凍くんは単純に疑問を持ったという様子で聞いてきた。
切島がどうとか、私がどうとかじゃなくて、まるで焦凍くんを選ぶことが当たり前だったのに、なぜ選ばなかったのか、とでも言いたげな声音で。
「俺とだったら、きっと赤点にはならなかったはずだ。相澤先生とは一戦しているし、ゴール前のまきびしだって氷を張れば――」
「焦凍くん」
焦凍くんに悪気は全くないのだろうけど、何となく不愉快な気持ちになって、言葉を遮った。
それじゃあまるで、私の相方が切島だったから赤点を取ったみたいな言い方だ。
「私は、切島を選んで後悔してないよ」
両手のひらの間に白い靄を出して、それをくるくると回して手遊びしながら言葉を選ぶ。
多分、私は誰が相方でも赤点だっただろうし。
「切島を選んだのは、先生たちと戦って負けた4人のうち切島が、一番気が合うから。中学からの付き合いだしね」
中学からの付き合いといえば三奈ちゃんもそうだけど、同じクラスじゃなかったのでノーカンだ。
ふと下を見れば、廊下から差す光で私と焦凍くんの影が浮かびあがっていた。
小さいときも、夕方にはこうして伸びる影を見ていた気がする。
でも、あの頃とは何かが、少しずつ違う。
それが何かは分からないけれど。
白い靄をのばして、くっきりと浮かび上がる影で遊ぶ。
ふふ、シャチョー上手だ。
中々上手くできたシャチョーの影絵をニコニコと見ていると、下の玄関のほうから先生が二人出てきた。
あ、消太くんとブラド先生。
「焦凍くん、お話し終わり?」
「……ああ。時間取らせたな」
「ん、全然。じゃあ、おやすみ」
「ああ」
焦凍くんはくるりと踵を返して男子部屋に戻っていった。
結局焦凍くんが聞きたかったのは何で自分を選ばなかったのか、って話なのかな。
何となく釈然としない思いを抱えながら、まあいいかと下を見降ろした。
「せんせー!」
私が二人を呼ぶと、二人ともすぐに振り向いてくれた。
手を振ると振り返してくれるブラド先生に頬を緩め、後ろの廊下に誰もいないのを確認してベランダから飛び降りた。
焦ったように私を受け止めようとしてくれるブラド先生と、呆れた様に目を眇める消太くんの対照的な姿にぶふ、と噴き出した。
着地は白が受け止めてくれるから心配はしていない。
けれどそれよりも早く、ブラド先生がキャッチしてくれた。
「久地楽!!お前何してるんだ!」
「あはは、これぐらいの高さだったら全然問題ないですよ」
「お前なぁ……」
「遊んでないでさっさと寝ろ」
ブラド先生がそっと地面に下ろしてくれる。
すごい女子扱いされてる!!
消太くんにはこれが欠けてるよね。
容赦ない日々日常を思いだして苦笑する。
「消太くんご飯食べた?」
「一緒に食べてただろ」
「いやいや、テーブル違ったからさ。ブラド先生ほんとでした?」
「まあな。俺よりは少なかったが」
「当たり前だろ……」
まあこの様子ならちゃんと食べたのだろうと納得する。
正直消太くんの食に対する終着の薄さは知っているので一人での食事は本当に信じていない。
どうせ明日の朝とかゼリーで済ませようとするんだ。
栄養はバランスよくとれよ!合理的に!
「あ、そうだ。ブラド先生お変わりないですか」
「おお、ないぞ。お前も元気そうでよかった」
「うへへ、A組に移籍してからあんまりB組と関わることもなかったんで、体育祭とかすっごい楽しかったです」
「うちのも寂しがっていたぞ。今回の林間合宿じゃあB組も世話になるからな、仲良くしてやってくれ」
まるで子供を紹介するようなブラド先生に吹き出して、こちらこそと返した。
ふと、消太くんが私の髪に触れて顔をしかめた。
「濡れてる」
「だからタオル肩にかけてるよ」
「ちゃんと乾かせよ、ドライヤーあるだろ」
「乾かしてー」
「子供か」
消太くんは深いため息をついて肩にかけておいたタオルを取り上げると、乱暴に私の髪をかき混ぜ始めた。
家でもたまに疲れてお風呂あがった後ソファでぼーっとしてると、消太くんが無言でドライヤーを持ちだして髪を乾かしてくれることがある。
多分逆の立場の時に私が黙って髪を乾かしてあげたからだろう。
今はドライヤーがないからタオルでわしゃわしゃと拭かれるだけでちょっと痛いけど、それよりも楽しい気持ちが勝っている。
「髪がいたむー」
「文句言うな殴るぞ」
「お前たち、そうしてると本当に兄妹だな」
「あはははは!私こんな目つき悪くないですよ――んぶっ!!?消太くん!そこ顔!!」
「なんて?」
「オニイチャンダイスキー」
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