Step.97



林間合宿2日目。
朝の5時半からA組の長い一日が始まった。
個性を伸ばす、というのは私たちが想像していたよりずっと厳しく、そして難解なものだった。

「パトラッシュぅうああああ!しんどい!ハッピーエンドにしろよ!なんで死んじゃうんだよ!」

心に負荷を、というトレーニング方針のもと、体力の底上げを図るルームランナーの正面に付けられたのは大きなモニター。
延々と泣ける映画ばっかり流れるのでもう心が痛い。
面白い映画でもいいじゃん!
ほっこりする映画でもいいじゃん!
まあね、おかしいと思ったんだよ!
合宿来る前に消太くんにそれとなく今まで一番感動した映画は?って聞かれたからね。
なんであの時ほたるの墓なんて言ったかな……私は。
黒い心も白い心も両方補充できるからこれが一番手っ取り早いのはそうなんだけども。
それに加えて黒と白を具現化し、二人は他の人たちと組手をしている。
しかし完全に分離してしまうと心の貯蓄がままならないので、三人とも30%シンクロ状態だ。
考えてみるとこれが一番辛いかもしれない。
会話はいつも通り自然にできるのだが、心の吸収と保管が上手いようにいかず、さっきから感情がダダ漏れしている。
ちょうど犬が死んでアンハッピーエンドを迎えたモニターを前に走りながら水分補給をする。
涙が止まらなくて脱水になるのが早いか、足が動かなくなるのが早いか、って感じだ。
なにそのチキンレース。

「はい、追加の補水飲料とDVDねー次はシックスセンスだよ」
「うわああああそれ知ってる!全部見て泣いたよ!!みんな幸せになれ!!」
「その次はミスト」
「ああああ……もうやだ……なんでだよ……みんな幸せになれよ……」

マンダレイがDVDを交換してくれた。
嬉しくない。

『砂藤の甘いものそろそろなくなるよ』
「マンダレイ、砂藤の補給まもなく無くなるそうです」
「おっ、了解!」

白の声をマンダレイに伝えて再び画面に目を戻した。
この映画、結末まで知ってるから余計泣ける……。
画面で動く少年とおじさんを見ながら、ぐす、と鼻をすすった。
そうして午後4時、やっと訓練は終わり待ち望んだ夕食の時間を迎えた。
今日は自炊するらしく、鍋の都合で適当に3チームに分かれた。

「久地楽、ほら、包丁」
「あ、どもー」
「俺はお前たちの班のカレーを食べる」
「うちは働かざる者食うべからずです先生」
「包丁持って来てやっただろ」
「何でそれがまかり通ると思った」

まあ、ここでダメって言ってゼリー食われても怒るので快諾した。
うちのチームは私と響香ちゃん、爆豪、常闇、障子、尾白、口田の7人だ。
7人もいるのにすごい静かだ。

「おいビビり!サボってんじゃねぇぞ!」
「はーい!」

爆豪が怒鳴らなければ、すごい静かだ。
消太くんに手を振って爆豪の横に戻った。
取り敢えず肉でも切ればいいのかな。

「男子は肉大きめがいいんだよね」
「たりめーだろ」
「ん、了解」

大量の肉を切りながら、隣で野菜を切っている爆豪を見れば、ちらりとかまどの方を見ていた。
水から煮込んだ方がいいのかな。
切った野菜をまな板ごと持った爆豪は、かまどの方へ向かった。

「かまどに火ィ入れて来る」
「はーい」

最近気づいたことなのだけれど、爆豪は私や切島と話しているとき、キレることが他に比べて少ない。
女子にキレることは男子に比べて少ないけど、それにしても爆豪の私に対する態度が少しだけ変わったのは、あの体育祭以来だ。
もしかしたら、まだ私のお腹をぶっ飛ばしたことを引きずっているのかもしれない。
それなりに大怪我ではあったけれど、すぐにリカバリーされたし病院でちゃんと処置されたから全く問題はないのだけれど。

「コトハもそうだけど、爆豪も手慣れてんね」
「おー、響香ちゃん」
「向こうの上鳴組が料理できる奴いないって騒いでたからさ、後で手伝ってあげてくんない?うちちょっとこういうの苦手で……出来ないわけじゃないんだけど」
「いいよー。もうちょいで肉全部切れるから、これ終わったら鍋は爆豪に任せてそっち行こうか」

料理が苦手なことを照れくさそうに笑った響香ちゃんは控えめに言って天使だった。
天使は料理なんかできなくたっていいと思いますよ。
いや、本当に。


******


いつも作るよりずっと大きい鍋で作ったカレーは隠し味について爆豪と一戦争起こしたが、その甲斐あって味は絶品だった。
消太くんはいつもと少し違うと首を傾げていたが、そんなに味の違いが分かる人でもないので特にそれ以上気にした様子もなかった。
いや、いつもよりおいしいでしょ、分かって。
先生たちは向こうのテーブルで食べているが、黙々と食べている消太くんとは対照的にブラド先生は盛大に褒めていた。
まあ、消太くんがあんな笑顔でカレー褒めてたらそれはそれで気持ち悪いけど。

「ごちそうさまでした」

両手を合わせて、お代わりをしているみんなより少し先に席を立った。
お腹空いているとはいえよくあんなに入るなぁ。
同じテーブルについている爆豪や障子らを見て苦笑する。

「ちょ、コトハ……!?」

響香ちゃんの酷く驚いた声にかぶせるようにバチ、と音がした。
なん、だ、これ。
目まぐるしく回る光景は私を追い詰めるように、追い寄せるように奔流となって襲い掛かってくる。
立っていられずに傾いだ体を、爆豪が受け止めてくれた。
けれどそんなことも理解できないまま、私は爆豪の顔を両手で掴んでしっかりと視線を合わせた。
見なきゃ、だめだ。
見なきゃ!!

「おい、久地楽!」

皆、傷ついていく。
なのに私は、何もできない。
血が見える。
誰かの血が。
障子?
だけじゃない。
たくさんの血だ。
緑谷も、またぼろぼろになってる。
百ちゃんも、A組だけじゃない、B組も、皆。
皆、みんな、わたし、いがい……?
何だこれ、私は、何を見て……。

「久地楽!息しろ!クソが!!何つっ立ってやがる!!相澤先生呼んで来いや!!」

連れて、いかれる。
目の前が白み始めて、手から力が抜けた。
爆豪が見えるのに、見えない。

「ば、ばくご……!」
「喋んな!息しろ!!こっち見ろやカス!!」

みんな、きずついてる。
バチ。
視界が、真っ暗になった。
すさまじい怒りに、黒が私の意識を完全に押し込めて封じた。
白に抱かれて、奥底へと落ちていく。
だめだ。
伝えないと。



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