Step.98


コトハが倒れた。
疲労が祟ったのかと思ったが、様子が明らかに違った。
駆け寄ってすぐに、爆豪がコトハに心臓マッサージを行っている光景を見て、一瞬で全身が氷の中にでもいるかのように冷え切った。

「相澤先生!心臓動かねぇ!!」
「ストップ」

珍しく焦ったような顔をする爆豪を制し、コトハの胸に耳を当てた。
呼吸音も、心拍もない。
コトハの気道を確保して、強く息を吹き込む。
胸が上下するが、呼吸は戻らない。

「再開しろ。飯田!玄関入ってすぐ横にAEDがある!持ってこい!」
「はい!!」
「八百万、毛布。轟、足元温めてろ」
「すぐに!」

八百万と轟が行動に移したのを見て、コトハの全身に軽く触れる。
冷たい。
間をおかず、八百万が出してくれた毛布で胸部圧迫をしている上半身以外をくるんだ。

「30回!」

爆豪が手を止めたのに合わせて、もう一度人工呼吸を行い、胸を見るが、動かない。
何だ、急にどうしたっていうんだ。
頼むから息をしてくれ……。

「心……そうだ!俺、久地楽の中に入れるかも知んねぇ!相澤先生!」
「なんでもいい、やれ」

切島はコトハの額に自分の額を当てると、目を閉じておそらく心を流し始めた。
期末試験の時に、コトハがやっていた仕草だ。

「繋がれ……シンクロしろ……!!」

ぶつぶつと繰り返す切島をよそに、俺は飯田から受け取ったAEDの装着を進めた。
爆豪に胸骨圧迫をさせたまま、AEDのチャージをする。
すぐにチャージが完了し、ショックボタンに手をかけた。

「ショックする。切島、離れろ」
「繋がった!!待ってください!いまコトハを――」
「爆豪、続けられるか」
「っす!」

じわりと、コトハの体から黒い靄が溢れ出始めた。
黒だ。
出ようとしているのに、出られないのだろうか。
切島がバッと顔を上げて、靄を見た。
その瞬間、勢いよく靄が収束し、黒の体を形成した。
逃れるようにコトハの体から這い出ると、息も絶え絶えといった様子で俺の腕を握った。

「コトハは、自分の心に呑まれて……私、抑えたんだけど、だめで……白が連れていった……!げほっ……すぐにコトハを浮上させないと、体が動かせない……!!!!」
「黒、いいか、よく聞け。お前が体を使うんだ。電気ショックのあと胸骨圧迫を再開する。その間に心臓を――」
「は、いや、無理!私はコトハの心であってコトハじゃない……!」
「お前もコトハだ。このままだと三人とも死ぬ。急げ」

黒はどんどん冷えていくコトハの体に触れ、縋るように俺を振り返った。
黒と白が、例え個性によって形成されたものだとしても、それがコトハでないはずがない。
この15年、お前たちは一緒に生きてきただろうが。
黒に握られたままの腕で、黒の手を握った。
大丈夫、お前ならできる。

「死にたくないよ……!」
「それなら命かけて、体を動かせ」

俺がそう言った途端、黒の体は弾け、コトハの中に沈んでいった。
コトハの肌に、じわじわと黒い侵食が広がっていく。

「電気ショックを行う。爆豪はなれろ」

爆豪が離れたのを確認して、すぐにショックボタンを押した。
機械が終了を告げる前に、俺は胸骨圧迫を再開する。
戻って来い。
コトハの全身が黒く染まった瞬間、コトハはぱちりと目を開けた。
次いで、浅く息を吸い込む。

「っは……!」
「黒、落ち着け。ゆっくり息しろ」

陸にあげられた魚のようにはくはくと口を動かしては縋るように俺を見る黒を撫でて、肺に息を吹き込んだ。

「今の感覚を覚えろ。ゆっくりでいい、手伝ってやるからとにかく息をするんだ」

泣きそうな顔のまま苦しそうに初めて呼吸をする黒は、戸惑いながら何度もうなずいた。
その間に心臓が正常に動いていることを確認し、AEDのショック用パックを張りつけたまま女子が持って来てくれたタオルで上半身を隠した。

「黒はそのまま息をしてろ。爆豪、切島、八百万。久地楽を中に運ぶ、不測に備えついて来い」
「はい!」
「全員食事を終え次第、ブラドの指示に従って行動しろ。解散」

黒は必死に呼吸を行い、透明な涙を流した。
AEDをコトハの腹の方に乗せ、膝裏と背に腕を回して抱える。
医務室に着くまでの間、我慢してくれ。
黒い体は、小さく震えていた。



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