▽ 十一話

おおくりからさんが意識を取り戻してから何日かたったが、未だに状況は改善されていなかった。
この状況下で刀を顕現する気も起きず、倉庫には戦場で拾った刀や鍛刀した何振りかが納められていた。
今日も戦場に行った三振りを待ちながら、新しい刀を顕現した方が皆の負担も減っていいだろうかと思案する。
何度かもう少し自分の身を顧みて戦ってくれと頼んだが、彼は「刀の本分を果たしているまでだ」といって一向に聞き入れてくれる気配はない。

「少しばかり遅いですね」
「うん……」

こんのすけが廊下をてしてしと歩いて来て、門のほうを眺めた。
縁側に座り、みんなの帰りを待つ私の隣に腰を下ろす。

「大倶利伽羅様ですが、政府に報告を上げましたところ、現状維持との命令です」
「よかった。狐肉っておいしくないらしいし」
「そ、それでですね、大倶利伽羅様が以前所属していた本丸の捜査を続けているのですが、未だにどこの本丸なのか特定には至っておらず……」
「あんまり興味ないよ」

まるで私の顔色をうかがうように言葉を紡ぐこんのすけを遮り、首を振った。
おおくりからさんは主との縁を切りたかったのだろうし、その審神者だっておおくりからさんを必要としていなかったのだ。
それに、おおくりからさんは今はもう私の刀なのだから、元の持ち主がどこの誰であろうと関係ない。
そもそも刀なんて持ち主が移り変わるものだし。

「おおくりからさんを返せって話ではないんでしょ?」
「はい、それは勿論でございます」

こんのすけが頷き、顔を上げたのとほぼ同時に、私は弾かれたように門を見た。
穢れが入ってきた。
ぞくりとした感覚に思わず腕を抱き、結界を強く張りなおした。
この穢れ、侵入者というわけでは無い。

「こんのすけ!手入れ部屋に資材を用意して!!」
「分かりました!」

門をくぐって本丸に帰ってきたのは、額から血を流すまんばさんと軽傷を負った秋田くんに支えられる、おおくりからさんだった。
どこに傷があるかもわからないほど血に濡れ、穢れてしまっている。
なんだか初めて会ったときのようで、とても不快になった。

「秋田くん代わる!先に手入れ部屋に行って手入れを受けて!」
「僕は軽傷です!さきにまんばさんと大倶利伽羅さんを……!」
「手伝い札使えばすぐでしょ、いいから直してきなさい!」
「は、はい!」

秋田くんはすぐに走っていき、私はまんばさんとおおくりからさんの傷を見た。
まんばさんは中傷ぐらいだろうか。
辛そうではあるが、おおくりからさんを運ぶ手伝いをしてくれている様子を見れば重傷では無いように感じる。

「触れるな。こいつ、穢れを呼びこんでいる……危うく堕ちるぞ」
「審神者の霊力には浄化の力もあるって教本に書いてあった。そんなことよりまんばさんの傷は?」
「こいつほどじゃない」

体よくはぐらかされた。
すぐ手入れ部屋にぶち込んでやる。
ふと歩いてきた後ろを見るとおおくりからさんから流れ落ちた血が、何かよからぬものを纏っていた。

「ごめん、まんばさん、おおくりからさんのこと運べる?」
「写しの俺にもそれぐらいはできる」
「じゃあ、よろしく。ごめんね」
「いや、それよりも……任せるぞ」

まんばさんも気づいていたのだろうそれを睨み、手入れ部屋のほうへと歩いていった。
私はおおくりからさんの血を踏んで、これ以上中に入らせないように立ちふさがった。
遡行軍のような禍々しいものではないが、清廉なものでもない。
強いていうなら、人間の思念のようなものだ。
血に纏わり付きこちらを睨むそれを睨み返した。

「私の刀に寄ってくるんじゃない、このド変態ども」

本丸はそうそう穢れの立ちいることが出来る場所ではないが、呼び寄せてしまったものはその限りでは無い。
虫を払うように血の上で手を振れば即座に浄化され、思念体は消しとんだ。
おおくりからさんのほうも気になる。
手入れで少しは浄化されるはずだけど。
いくつかできた血だまりを浄化して、まんばさんの下へと踵を返した。
二振りはちょうど手入れ部屋に入るタイミングだったらしく、秋田くんが迎え入れていた。
もう手入れが終わったのか。
用意してくれていたであろう布団におおくりからさんとまんばさんが横たわり、妖精さんが本体を手入れし始めた。

「秋田くん、直った?」
「はい。もうばっちりです」
「じゃあ二振りのこと見ててもらっていい?」
「分かりました」

薄桃色が縦に頷き、私はすぐキッチンに向かった。
本当はしっかりしたものを食べて元気になってもらいたいが、そんな準備をしている時間はなさそうだ。
おおくりからさんと話しつけないとだし。
いくつかおにぎりを作り、また手入れ部屋に戻る。
手伝い札を使ったおかげか、既に手入れが完了しており、全員起きて居た。

「おはよう」

おおくりからさんに声をかけたが、虚ろな目で私を見るだけで挨拶を返してはくれなかった。
本当に治ってるのかな。

「おにぎり作ってきたから食べれそうだったら食べて」
「もらう」
「僕もいただきます!」

塩握りで申し訳ない。
ただのおにぎりでもすごくおいしそうに食べてくれる。
なんだこいつら、可愛い。
手をつける様子のないおおくりからさんに私は向き直る。

「怪我は大丈夫?」
「問題ない」
「単刀直入に聞くけど、私と縁斬りたかった?」

おおくりからさんは少しだけ虚を突かれたような顔で私を見て、小さく首を振った。

「俺は刀だ。折れても代わりがあるだろう。俺に構うな」

何だこの自殺志願者。
そらされた視線の先に移動して、目を覗き込む。
金色の綺麗な瞳なのに、寂しそうな感じがする。
嘘をついている、わけではないと思うんだけど……。
多分おおくりからさんが、代わりがあると思っているのは本当なのだ。
だから自分を顧みない戦いをする。
そのせいでまんばさんと秋田くんが迷惑をこうむってるんですけどね。
なんでだろう。
ご飯も食べないし、笑わないし、馴れ合わないし。
私はおにぎりを掴んでおおくりからさんの口に突っ込んだ。

「……ぅっ!?」
「主君!?」
「何をやってるんだお前は」

秋田くんがおおくりからさんを心配して駆け寄り、まんばさんは至極呆れた様子で私を見た。

「なんでか分かった」
「え?」
「おおくりからさん、生きてる自覚ないでしょ」

口に入り切らなかった分を皿に戻し、動転して硬直しているおおくりからさんの口を手でふさいだ。
これで飲み込むしかないだろう。

「秋田くんもそうだった。まんばさんもそうだった」

刀二人が顔を見合わせる。
おおくりからさんは我に返ったのか口を抑える私の手を避けようとしたが、私の真剣な目を見てか、再びぴたりと動かなくなった。

「うちはそういうの禁止だから。しっかり食べて、しっかり生きて。おおくりからさんが過ごしてきた今までなんて知らないし興味もないけど、今は私の本丸で私の刀として人の形を得てるの。だから――……」

抵抗しなくなったおおくりからさんから手を放した。
金色の瞳に命が宿った気がした。

「しっかり生きて」


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