▽ 閑話

刀である以上、振るわれることだけが、そこにある理由だった。
前の主の記憶は薄ぼんやりとだが残っている。
顔には靄がかかっているように認識できないが、俺はそいつを酷く憎んで居るような気がした。
だからこそ縁を切るために、戦場に出た。
堕ちてはならぬ、堕ちてはならぬと響く刃だけが、俺の命をこの体に留めていた。
そしてある時、縁が切れた。
ばつりと、酷い音がして俺の意識も飛ぶ。
この身になって得た赤い血が、浴びるばかりであった俺を染める。
刃であった頃は、何て楽だったのだろう。
人の体というものは、かくも不安定で、苦しく、扱いづらい。
それも、この瞬間終わる。
目を閉じ、本霊に戻る感覚を待った。
しかしそれが来ることはなかった。
新しく結ばれた縁を見て、俺は契約を交わすために名乗った。
今度の主は就任したばかりらしく、俺を除いた他に刀剣が二振りしかなかった。
山姥切国広、秋田藤四郎。
どちらも見たことが有る。
けれど、見たことのない顔で笑っていた。

「なんだ、あいつは……!」
「大倶利伽羅さん引きましょう!僕たちじゃかなわないです!」

異常なほど強い青い焔を見て、山姥切がぎり、と歯を食いしばった。
あいつらよりも先陣を切っていた俺は、構わず刃を振るった。

「引け!大倶利伽羅!」
「俺は一人でいく。お前たちは戻れ!」

刃なのだ。
俺は刀なのだ。
お前らのような、人のような振る舞いはできない。
戦に出て、折れるのが定めだ。
一人で戦い、一人で死ぬ。
青い焔と、差し違えた。
いつかのように、意識が途切れる。
あの時と違ったのは、縁の切れる音がしなかったことだ。
そのことになぜか、少しだけ安心しながら、折れる覚悟をした。

「折らせないぞ……!」

山姥切の神気が流れ込んできて、俺は意識を浮上させた。
満足に動かない体を山姥切に担がれ、左手は秋田に握られている。
両側から流れる神気には、あいつの霊力が混ざっていた。

「生きて戻らないと……折れちゃダメです!」

何を必至になっているのか。
折れても代わりは幾らでもいる。
俺も、お前らも。
――結局、俺はまた折れることはなかった。
再び目覚めると、山姥切と秋田がこちらを見てひどく安心したように相好を崩した。

「おはよう」

審神者は皿一杯に盛られた握り飯を俺の傍に置き、山姥切たちを振り返った。

「おにぎり作ってきたから食べれそうだったら食べて」

おおくりからさんも、と言われたが、食事を必要としないこの体は、それを求めようとはしなかった。
代わりというようにそれぞれ一つずつ持って行った二振りは、幸せそうに頬張った。

「怪我は大丈夫?」
「問題ない」
「単刀直入に聞くけど、私と縁斬りたかった?」

少しだけ間を置いて、俺は首を振った。
縁を、切りたかったわけでは無い。

「俺は刀だ。折れても代わりがあるだろう。俺に構うな」

なぜだかこの審神者の傍にいたくなくて、視線をそらす。
その先に移動した審神者は、距離を置こうとする俺の目をじっと覗き込んだ。
あまりの心地悪さに部屋を出ようとしたとき、審神者はすっと体を引いて握り飯を取った。
そのまま自分の口に運ぶのかと思えば、俺の口に突っ込んだ。
あまりにも予想外の行動に、俺はとっさに手を掴むだけで抵抗も忘れ、目を見開いて審神者を見た。

「主君!?」
「何をやってるんだお前は」

山姥切は深いため息と一緒に言葉を吐きだし、秋田は俺の傍に駆け寄ってくると気遣うように体を支えた。
そんな刀たちに見向きもせず、審神者は口の中で何かを呟くと、ぐっと身を寄せた。

「おおくりからさん、生きてる自覚ないでしょ」

口に入り切らなかった分を皿に戻し、硬直している俺の口を審神者が手でふさいだ。
生きている自覚。
生きる、とは、なんだ。
今ここにあることではないのか。

「秋田くんもそうだった。まんばさんもそうだった」

俺は我に返り、審神者の手を避けようとしたが、その目に制せられて動きを止める。
口の中にある白米を小さく咀嚼して呑み込むと、混ぜられていた審神者の霊力が体に馴染んでいった。

『心配だよ』
『生きて』
『元気になりますように』
『大丈夫』
『どうしよう』
『きっと大丈夫』
『生きて』『生きて』『生きて』『生きて』

霊力、いや、祈りが付喪神であるこの身に染み込み、人間の感覚や心を与えていく。
かつて隻眼の主が「おいしい」と称した感覚を、俺はこの身で初めて知った。

「しっかり生きて」


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