▽ 三話
この屋敷広すぎ。
昨晩ぐったりと泥のように眠ったせいか、寝起きもよろしくはない。
「おい、起きているか」
「今起きたよ……ちょっと待って、すぐ着替える」
そういえば昨日ご飯食べてないな。
朝ごはんはしっかり食べよう。
あ、お米炊いてない。
終わった。
寝間着から作務衣に着替えたところで私は床に寝ころんだ。
「人生終わったから外出る気なくした」
「どういう意味だ」
「お米炊いて寝るの忘れた」
「……入るぞ」
まんばさんがそろりと障子を開け、寝転がる私を見て深いため息をついた。
あ、ジャージ着てる。
なんか赤っていうイメージじゃないけど支給品かな。
「行くぞ、今から作ればいいだろうが」
「まんばさんはお米炊くのに何分かかるか知らない」
「……」
「お米研いでうるかしてそれから30分、長ければ1時間、美味しいご飯を焚こうと思ったらもうちょっとかかるよ」
「米じゃなくてもいいんだろう」
「パンつくる?生地こねて焼いて?無理もう寝る」
「寝るな」
まんばさんは舌打ちをして私を肩に担ぎあげた。
どこにそんな力が……。
「審神者様、おはようございま……!?」
「おはよう、こんのすけ」
「な、何をなさっているのですか!?」
「飯を食わせる」
「ご飯炊き忘れた」
まんばさんはこんのすけを見ても立ち止まらず、キッチンのほうへ歩いていく。
肩が刺さって痛いよ。
中身出そう。
こんのすけが後ろからハッとしたように追いかけてくるのが見える。
「審神者様、山姥切国広様!就任一週間までは刀剣男士の刃数も少ないですので、政府から最低限の支給があります!それをご使用ください!」
「支給?お米?ほかほかご飯?」
「あ、いえ、インスタントご飯ですが……」
「我慢しろ」
「はーい」
何にせよ、もう寝かせてはもらえないのだろうし腹をくくった。
お腹すいた。
ご飯があるなら賞味期限の長い缶詰などもあるだろうか。
「まんばさん下ろしてー」
私がもぞもぞと動くと、一度止まっておろしてくれた。
まんばさん意外と力持ちなんだね。
布の下から見える金髪がさらりと風にそよいだ。
イケメンに吹く風ってやつか。
「こんのすけ、お米以外に何あるの?」
「一般的な野菜は一揃い程度あります」
「缶詰は?」
「よくぞ聞いて下さいました!厨――キッチンに併設されております貯蔵庫にたくさん支給されておりますのでどうぞお使いください!」
なぜ籠城準備万端なのか聞こうとして、ふと以前渡された資料に刀剣男士の謀反が記されていたことを思い出した。
その時は長らく離れに籠城していたらしい。
こ、こわ。
「政府の暗部を見たよ」
「え、どういうことですか!?」
そうこうしているうちにキッチンについた。
こんのすけの言っていた通り、大型の冷蔵庫には野菜が、キッチンのすぐ隣に併設された貯蔵庫には缶詰があった。
白米だけじゃ辛いし、軽くなんか作るかな……。
サバ缶を持って考えていると、まんばさんがパックご飯を一つだけ持って来た。
「これか?」
「うん。まんばさん、あと二つ持ってきて」
この人(刀だけど)なんで一個だけ持って来たんだろう。
もしかして食べる気ないのかな。
神様は食事する必要ないってこんのすけが言っていたけど、何かいまいち理解できないから、食事は一緒に取ってもらいたいんだけど。
まんばさんは疑問に思った様子もなく素直に三つのパックを持って戻ってきた。
「まんばさん手伝ってね」
「写しの俺に、何が出来ると―――」
「とりあえずそこの鍋に水入れて」
「……」
キッチン内のテーブルにパックを置いたまんばさんは、何も言わずにため息だけをついて鍋に水を張った。
「まんばさん、その布邪魔じゃない?」
「いいんだ、俺はこれで……」
「火を使うとキッチン暑くなるから気が向いたら脱いだ方がいいよ」
私は一応言うだけ言ってサバ缶をフライパンにぶちまけ、へらでほぐしながら蓋をした。
缶に入っている汁で一煮立ちさせている間に野菜を刻む。
「こんのすけ、お出汁ってある?」
「昆布でしたら貯蔵庫にございます!」
キッチン出入り禁止を忠実に守っているようで、カウンターの向こうからこちらを覗き込んで貯蔵庫のほうを指した。
「まんばさん取ってきて」
「ああ」
「奥の棚上から二段目です!」
ナビゲーターこんのすけの指示で昆布を持って来たまんばさんに、先程水を張った鍋に昆布を入れて火をかけてもらう。
刻んだ野菜を、サバを煮詰めているフライパンに入れて少しかき混ぜ、再び蓋をする。
「まんばさん、お豆腐と長ネギ切ってくれる?」
一応見本としてねぎは少しだけ切って見せた。
まんばさんは頷き、どこか不慣れな様子で長ネギを切り始めた。
なんだか従兄弟に料理教えてるみたいだ。
私はついでに冷蔵庫から味噌とキムチをとりだして、そういえばとまんばさんを振り返った。
「まんばさん、辛いの大丈夫?」
「食事をしたことがない」
「なるほど。んー……じゃあ止めとくかなー」
キムチをしまい、冷蔵庫を閉めた。
それにしてもこの冷蔵庫大きすぎないかな。
開けるのにいちいち気合いるんだけど。
「俺の分も作っているのか?」
「え、むしろこの量を私一人で食べると思ってたの」
「審神者様は随分と大食いなのだと思いましたが……」
「こんのすけまで何言ってんの」
「俺は食べる必要がない」
「じいちゃんの遺言で飯は大勢で食えって言われてるから」
「審神者様の祖父殿は御存命では?」
「食事しないなんて人生の半分以上損してるよ」
まんばさんは呆れたような目でこちらを見て豆腐に包丁を入れた。
あ。
まあいいか。
私は味噌と砂糖、醤油、酒でサバ煮の味を整えて味見をする。
うっわ美味しい。
この短時間でこんなもの作れる私天才じゃね。
多分誰も褒めてくれないから心の中で全米が感動レベルの拍手喝さいをした。
まんばさんにも味見……いや、出来てからにしよう。
「まんばさん、お豆腐切れたら鍋に入れて」
「審神者様、こんのすけめも何かお手伝いいたしましょうか?」
「結構です!」
「そんなきっぱりと!?」
「あ、じゃあまんばさんにお茶の入れ方教えてあげて」
「分かりました!」
こんのすけが張り切ってまんばさんにご教授しているのを横目に、味噌を溶かしていい感じになったところで火を止めた。
ちなみに私は合わせ味噌派だ。
電子レンジにご飯を入れて2分にセットする。
サバのほうのフライパンの火も止めて、食器棚からお椀や丼ぶりをとりだした。
今回は時間がなかったから鯖煮野菜丼と豆腐の味噌汁だけだ。名前は適当。
二分経ったところで、パックをとりだし、少しほぐしてどんぶりに移し替える。
やっぱり炊き立てのほうがおいしそうだけど背に腹は代えられない。
一個は普通に私のどんぶりに入れ、他の二つは片方をどんぶりにもう片方は半分に分けてどんぶりに入れた。
まんばさんは男だし先程細身に見合わぬ腕力を見せてもらったので少し多めに盛る。
ご飯の上に熱々の鯖煮野菜を乗せ、その上に卵を割った。
うあー美味しそう。
天才。私って天才。
まんばさんに手伝ってもらった味噌汁もお椀に入れ、残った味噌汁とご飯を深めの皿に混ぜてそこに少しだけ鯖を乗せる。
これで完成!
無事にお茶を入れられた様子のまんばさんに手伝ってもらい、テーブルのほうに運ぶ。
カウンターの下から収納テーブルを出し、そこに並べた。
「これは?」
「ああ、こんのすけ用」
「私にも用意してくださったのですか!」
こんのすけは嬉しそうに尻尾を振った。
「狐って何食べさせちゃダメなのかよく分かんなかったから、だめそうだったら食べないで」
「私は管狐ですから大丈夫です!」
私はまんばさんが淹れてくれたお茶に氷を一つ入れて席についた。
お味噌汁があるからお茶はいらないって言う人が結構いるけど、私は食事の時に出してほしいタイプの人間だ。
だから、熱々だと飲めない。
じいちゃんには「氷を入れるなんて……」みたいな目で見られたことはあったが、猫舌に100℃のお湯をぶっこんだ飲み物を渡すなんて拷問以外のなにものでもない。
まんばさんも正面に座り、私に倣っていただきますと箸を持った。
初めてのお食事の感想は気になるが、じっと見ていても食べづらいだろうし、それになにより適当クッキングだから正直誇って出せるものでもないため、私は自分のご飯に箸をつけた。
卵を崩し、鯖に絡めてほかほかご飯といただく。
お、おいしい。
適当クッキングとは言ったものの、さすが素材がいいのか(鯖は缶詰でご飯はインスタントだけど)それなりに美味しいものが出来ている。
「うまー……私って天才なのかな」
「さすがでございます審神者様!こんのすけこんなにおいしいお食事をいただいたのは初めてです!」
「流石にそれは言いすぎ。こっちはともかくこんのすけにあげたのは猫まんまだし」
「いえ、この缶詰とは思えない鯖のお味……プロの腕と拝見しました!」
「よせやい。卵あげよう」
「はぐー!」
追加のために持ってきていた生卵をこんのすけの皿に割ってやると、千切れんばかりに尾を振った。
大丈夫かな。
こんのすけはガツガツと顔を突っ込んで食べ始めた。
そんな美味しそうに食べてもらえると作り甲斐がある。
大したものは作ってなくて申し訳ないが、そんなに言うならお昼は腕を振るってあげよう。
お味噌汁もおいしい。
味付けは私がしたが、具を切ったり出汁を取ったり半分以上はまんばさんがしてくれた。
というか唯一インスタントじゃないのがこれだ。
「まんばさん、お味噌汁美味しいよ。手伝ってくれてありが――――」
ひらりと、半透明の桜が舞ってそして消えた。
けれど、私の目を焼いたのはそんな不可思議な現象では無く、まんばさんが涙を流して咀嚼しているあまりにも現実的な光景だった。
な、なんで……口に合わなかったかな……?
「ま、まんばさん、無理して食べることない!そ、そうだ、神様にあり合わせのもの食べさせるなんて気が利かなかった!ごめん、すぐ作りなおすから――」
「おいしい」
こくん、と口の中のものを飲み込んで、まんばさんは俯きながら言った。
「刀であったころは、知らなかった」
私は上げかけた腰を下ろし、まんばさんに頷く。
「これが、人の営みか」
じっとご飯を見つめるまんばさんを見て、納得する。
よかった。
ご飯がまずくて泣いていたわけじゃないんだね。
「生きてるって感じがして、びっくりした?」
「そう、だな」
生きるって、とても苦しいこと。
彼ら付喪神は長く人の営みを見てきた。
人を斬ったり、守ったり。
嫌な物も辛いものも見てきた。
けれど、きっと彼らは人と生きてみたかったのだろうと思う。
そして奇しくも、彼らが望んだわけでは無いだろう形で、今私と生きていくのだ。
彼らが主を選べないのは、とても不幸なことだ。
私はまだ人として未完成で、審神者としてはスタート地点に立ったばかりだ。
だから、一緒に、生きることを楽しんでいけたらいい。
生きるっていうことは、とても辛いことだから。
「これからもっと美味しいもの一緒に食べよう」
未だ人の体になれないのであろうまんばさんの涙を拭って、そう言った。
私の言葉を聞きながら、黙々と箸を進めるまんばさんに、よかったなと少し安心する。
「人間の体じゃないとできないこととか、いろいろしようか。本丸の裏に海があるの見えたから、そこで泳いでみたり、虫取りに出てみたり、今は夏の景観だけどいずれ冬にしたら雪だるまとか、かまくらもつくろう。その中で食べるお餅はきっとおいしいよ」
まんばさんは堅い表情を崩して、呆れたような、嬉しそうな顔で小さく笑った。
「ああ」
「審神者様……お勤めもよろしくお願いしますね……?」
「空気を読まないこんのすけはお昼抜きね」
「そんな殺生な!!!」
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