▽ 八話:信濃藤四郎、奮迅す


上元安奈様は大将と親しい方だった。
統括就任時に面倒を見たというのもあるが、彼女の優しい性格こそが大戦時には貴重で審神者の誰もが生まれた時代において来た古い記憶のようだったのだ。
軍人として大将が失ったもの、捨てろと強要されたものを、安奈様は全て持っていた。
彼女を見る大将が時折眩しそうに目を細めていたのを、俺たちは覚えている。

『信濃、北側電柱付近に2名』

インカムから薬研の声が聞こえた。
こちらからは見えない。

「薬研、追跡開始。厚、距離を開けて薬研を追跡。乱、後藤、二人の穴をカバーしつつ、そのまま監視継続」

俺が指示を出すと、隊員からそろって了解の返事をもらった。
大将の大切な友人を殺されても、相手がこの世界の人間であれば、俺たちは手を出せない。
だから、願わくば、時を越えた人外の歴史修正主義者たちであれと、俺たちはそう望むのだ。
安奈様の仇を、大将の仇を打ち滅ぼすために。
秘蔵っ子持ち前の隠密スキルで隊長に選ばれた俺は、殺気を押し殺し、まだ見ぬ敵に刀を握った。
しばらく観察を続けるが、怪しい人影はそれ以上見当たらない。

「薬研、現在地」
『警察庁前だ。これ以上は監視カメラがあってキツイな』
「公安だろうし、そこまででいいよ。厚、尾行はなかった?」
『おう、大丈夫だ』
「動きはなさそうだし二人とも戻って───」
『割り込みすまん!信濃、東側に黒服の男2名、武装してる。追跡するぞ』
「後藤、了解。乱、遅れて追跡よろしくね」
『はーい』

後藤が消え、続くように乱の姿が消える。
神気を隠しているせいで俺も気配を感じることが出来ないため無線でのみ、その行方を知ることが出来る。

「薬研たちは問題なければ戻って来て」
『了解だ』

言いかけた言葉を紡ぎ直し、改めて周囲を見回す。
今は俺しかこの場にいない。
気配を殺しつつ、黒いフードを目深にかぶりなおして電柱の上に上った。
高いところのほうが全体をよく見渡せる。

『信濃』
「鯰尾兄さん?」
『主も帰ってきたしそろそろ戻って報告できる?』
「ごめん兄さん、いま二班追跡に出しててこの場を離れられないんだ。追加で人員送ってくれない?」
『分かった。下の兄弟たちを連れて俺が行こう』
『お、おう、よろしく骨喰。ってことだから、すぐに兄弟がそっち行くよ』
「うん、待ってるね」

小さい電子音と共に通信が終わり、俺はアパート周辺を監視しつつも報告について少し頭の中でまとめる。
薬研たちから差し迫っての連絡がないと言いうことは、あちらはおそらく公安。
詳しい動きは気になるものの、リスクを冒してまで得るほどの情報はまだないだろう。
それよりも気になるのは後藤と乱のほうだ。
俺の位置からもちらりと見えたが、見るからに怪しいやつだった。
まあ、交代要員がこちらに来てくれるらしいから到着し次第、後藤たちの方にも交代へ向かってもらおう。
ふと、気配は僅かながらに高速で近づいてくる者を感じて、骨喰兄さんたちだろうかとフードを少し上げて振り返った。

「……違う!!」

安奈様のアパートへ凄まじい速さで何かが近づいてくる。
気配を隠してはいるが、これは。

「兄さん!鯰尾兄さん!アパートに何かが来る!この速さ、人間じゃないよ!」
『信濃藤四郎の交戦を許可!』
「た、大将!?」
『アパート、もしくは人間に害をなそうとした時点で敵とみなして交戦。すぐに骨喰隊が合流するから持ちこたえて』
「了解!」

迷う必要などない。
あれは、殺意の塊だ。
政府支給の人間に擬態するためのブレスレットを外した。
刀を抜き、大将からもらった霊気を全身に纏う。
電柱の上から勢いをつけて飛び降り、異形へと刀を振るった。
この闇夜、短刀の俺にお前みたいなデカブツが何をできる。
死角からの攻撃に、異形は反応した。
襤褸布を纏い、見たこともない闇色の炎を燃やしている。
初撃を太刀、いや、打刀で流され、俺は大きく跳び退った。
殺意がこちらへと向いた。
誰を殺すつもりだったのか分からないが、こちらに興味が移ったようだ。
明確に、俺を折ろうと刀が振るわれる。

「やってみなよ!」

まとわりつくローブを脱ぎ捨て、黒い鎧をまとった姿をさらす。
奴が安奈様の仇だというのなら、なおのこと俺は負けるわけにはいかない。
二度、三度、刀を交えてその重さに距離を取りつつ追撃を迫る。
何なんだこいつ。
今まで見た遡行軍とも、検非違使とも違う。
けれど気配は───。
思考よりも早く白刃が閃く。
咄嗟に本体を構えたが、一瞬間に合わず左腕に一撃をもらう。

「ぅぐっ!!不覚……」

ぼたぼたと血が流れ、当たりどころが悪かったのか腕が上がらない。
くそっ!
俺は、まだ一撃だって与えられていないのに!!
左はもういい、右がまだあるのだ。大した問題じゃない。
それにしたって何だこの打刀の速さは。
攻撃の重さは大太刀並み、速さは短刀並みだ。
どうなってる?
一体何者?
歴史修正主義者たちの新しい部隊なのか?
こいつを殺したところで何がわかる?
本当にこいつが安奈様を?
何も分からない。
まあ、何も分からないからって、退けないけど!!

「……信濃藤四郎の全力、ここからだ!」


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