▽ 九話:桜舞う
「私も行く。秋田、小夜、私の護衛。鯰尾、本部を任せる」
「……分かったよ、気を付けて」
「残りはここの死守。行動開始!」
先に行った骨喰たちには無線で事の次第を伝えてあるが、ここから一隊を率いて周囲を警戒しながらではやはり単騎で突っ込むよりはそれなりに時間がかかる。
私は神社を走り出て、政府と繋がる端末を振った。
申請はすでに通してある。
目の前に出現したバイクに跨り、ボディを軽く叩く。
よろしく頼むよ。
小さな嘶きが聞こえた気がする。
時代に合わせて擬態させられているが、本丸で育てている馬だ。
いや、正確に馬なのかどうかは知らないが。
「行け!」
手綱の代わりにバイクのハンドルを握れば、今度こそはっきりと嘶いて走り出した。
大地を駆ける者の中で最速の馬、望月だ。
闇に溶ける黒色の毛並み、ではなく車体。
四本の足を二輪の円環に変えたその硬質な外見。
その全てが脈動する生命のようであり、無機質な鋼のようでもあった。
早く、早く着け。
背中に背負った刀袋から神気が漏れ出ていて、それが心配なのか、それとも何か知っているのか、とにかく嫌な予感がする。
しばらくして骨喰隊に追いついた。
骨喰、前田、平野、五虎退、包丁、博多の粟田口六振りが陣形を崩さず私の速度に合わせ少しペースを上げた。
もうアパートのすぐ傍だ。
合流をアイコンタクトだけで済ませ、殺意の気配へ急ぐ。
血の匂い、それに、凄まじい穢れ。
何だこれ……!
「小夜くん!先行!」
「分かったよ」
瞬時に顕現した小夜くんは部隊より何倍も早く殺意の源へと走っていく。
信濃、信濃はどこ……?
ふと、顔を上げる。
聞こえた。
望月から降りて走る。
「主だめだ!一人でいくな!」
骨喰の声が聞こえる。
けれど、脳まで届かない。
もう、失いたくない。
大戦が終わったというのに、友も、仲間も失うなんて、そんな話があるか。
刀の交わる音がする。
「主君、僕がお傍に!!」
大戦を終えて、平和な余年は私を弱くしたのかもしれない。
桜色の秋田くんに手を引かれ、横たわる赤へと駆ける。
薬研と厚が先着していたらしく小夜くんを交えて三対一の防衛戦がすぐそばで始まる。
「信濃!信濃!!大丈夫だよ、私がいるから、すぐ」
「大将……そこに、いるの……?」
伸ばされた血に塗れた手を掴み、しっかりと握り返す。
手入れじゃ、間にあわない。
信濃の手にお守りを握らせ、美しく短いその刃を抱きしめる。
ぱき。
数多の悪夢を超えて、政府と審神者が共同で開発したお守り。
一度だけ折れた刀剣を復活させるそれは、審神者たちの祈りによって作られたもので、大戦時生産と消費が釣り合わず戦場で何度もその音を聞いた。
もうあんな消耗戦は二度と来ない、来させない。
完全に折れた信濃藤四郎の手の中でお守りが光り、本体が修復されていく。
幾度となく見た奇跡の光景に、短く息をつく。
大丈夫、まだ大丈夫。
「薬研、厚!前田平野と交代!包丁、博多、サポート!」
私は顕現を解いた信濃の本体を大切に刀箱へとしまい込む。
この箱の中にある限り悪化はしない。
五虎退と秋田、骨喰が私の護衛についてくれる。
「これより撤退戦を強行する!しんがりは平野!生きて帰るよ!!」
応、と刀剣たちの声が揃う。
傷だらけの薬研と厚が私の両脇に控え、上がった息を整える。
粟田口の短刀四振りと小夜くんが敵と交戦しつつ徐々に傷を増やしていく。
何なんだあの化け物は。
いや、今は撤退だ。
小夜くんは私の本丸でも秋田くんに次いで2番目の強さを持つ短刀だから、きっとあちらは大丈夫。
刀箱を抱きしめ、皆に指示を出そうとした瞬間、腰を掴まれて引きずり倒された。
一瞬遅れて何かが私の居た場所を突き抜けていく。
「悪い大将、手荒になった!!」
薬研に上から覆いかぶさられているせいで身動きはとれないが、とっさに骨喰が指示を出してくれたのか秋田くんが立ちはだかり、薬研と厚が私を庇ってくれる。
ちらりと見えたのは、あの化け物がこちらに向かって刀を振るう姿。
その後ろに小夜くんたちが見える。
私が総大将だと分かっているのだ。
即座に立ちあがり、ぐ、と右手を握る。
しっかりしろ!相模統括!!
死なぬ人間などいない。
折れぬ刀剣などない。
私はそうやって大戦を経てきたのだ。
「薬研、厚、秋田、その身を賭して私の死守。骨喰、この場は任せるよ」
「了解した。無事に帰れ」
私は望月にまたがり、ハンドルを握った。
最後に一度、振り返る。
黒い化け物は右手に持つその刀を振るい、小夜くんへと痛烈な一撃を与えた。
何よりも、選ぶべきは審神者の命。
そして、事態の仔細。
私は前を向いて後ろの仲間たちに小さく別れを告げた。
また、会おうと。
その瞬間、桜が舞った。
半透明の桜は優しく私を包み込み、そして私とすれ違うように通りすぎると、鋭い殺気を帯びて白刃が化け物へと閃く。
大きく振りかぶられた煌めく刀。
褐色の肌に誇り高き倶利伽羅龍。
「伽羅ちゃ……」
言いかけてやめる。
背にあったはずの重さが無い。
それに、私の大倶利伽羅とはどことなく風貌も、雰囲気も違う。
彼は、安奈の。
標的が小夜くんから大倶利伽羅へと移り変わる。
「骨喰、援護!!」
大倶利伽羅だけは、折らせるわけには……。
酷い話だと分かってる。
自分の刀よりも、よその刀の心配だなんて。
けれど、それが私の仕事なのだ。
大倶利伽羅は宙へ浮いた小夜くんを受け止めると片腕で打刀の攻撃を受け止めた。
追撃を骨喰が防ぐ。
脇差と打刀は相性がいい。特にこの局面では。
練度だけで見れば大倶利伽羅のほうが少し上なのか骨喰をリードするように動いているが、その実、大振りの隙を骨喰が的確に埋めているようだ。打ち合わせなしの即席にしてはいいコンビネーションである。
致命傷に至らない傷ではあったが、短刀たちが与えていたそれが今更になって効いたのか、決着は一瞬だった。
よろりと膝をついた化け物の刀を骨喰が抑え、大倶利伽羅が首をはねた。
短刀たちが体に、跳んだ頭部に追撃を仕掛け、その黒い化け物はどろりと溶けるように形を崩して闇夜に昇華されていった。久しぶりの劣勢だった。
勝った……?
刀剣たちの荒い呼吸が響き渡る中で呆けていた私はハッと我に返り、我が刀剣たちを見回す。
「重傷者は!」
「小夜と包丁、前田ばい!」
「僕は大丈夫だよ……包丁のほうが重傷だ」
「3人とも刀に戻って。平野、博多、厚、それぞれの本体を責任もって預かるように」
小夜くんは少し渋ったが厚の勢いに押されて本体に戻った。
刀箱は一つしか持って来てないから、取りあえずはこれで。
刀剣が神気開放をして戦闘に入ると、政府が自動で交戦区域という後ほど修復、さらには目撃者に記憶の誘導をしやすいようにエリアを区画化する。
しかし記憶の誘導も完璧ではない。
襲撃が夜であったこと、信濃が奮闘してくれたためにアパートから離れた人通りの少ない場所であったことは僥倖だ。
みんなよく頑張ってくれた。
それと、もう一振り。
「あの、大倶利伽羅───」
私が言いきる前に安奈の大倶利伽羅は刀に戻り、からん、とその身と地面で音を立てた。
僅かだが負傷している。
彼を拾い持って来てくれた骨喰に礼を言って頭を撫でた。
君も無事で、本当によかった。
「みんな、帰ろう」
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