▽ 三話:予兆
久しぶりの現世だ。
平成に合わせた支給の端末に情報が来ている。
安奈が殺されたのは米花町、か。
まったく、どうやら政府は安奈の死因についての調査は私にすべて一任するらしい。
米花町って、ただ町の名前だけを知らせてどうしろというのか。
痛む頭を抑えて神社を出た。
刀剣たちには神気を隠し、人間に擬態するためのブレスレッドが支給されており、装いも一般人然としたものへと変わった。
黒を基調としたその服は、私に合わせてくれたのだろう。
喪に、服すという意味で。
ひょこりひょこりとゆれるアホ毛を避けて頭を撫でた。
「ん?なに?」
「なんでもないよ」
私も黒い装いだから二人並ぶと少し重いが、鯰尾のセンスがいいのかそれとも政府のセンスがいいのかそれほど違和感はない。
刀袋を背負ってるだけで違和感というのは拭えないが、服装に関してはたまたま被ってしまったようにも見えるだろう。
端末のGPS機能で現在地を確認すれば、乱舞璃神社と出た。
乱舞璃……そんな名前の神社だったんだ。
鳥居の前で振り返れば、年若い女性が楽しげに手を振っていた。
う、うわぁ。
私はぺこりと頭を下げた。
恋愛関係の神社なのか。
人懐っこい笑顔の彼女は、決して悪い神様じゃないのだろうけれど、ああいう類の方は面白いというだけでくっつけたり、願いを中途半端に聞き届けたりするからなぁ。
はは、と苦笑を漏らして足早にその場を去る。
「いい神様そうだよ?」
「まあ……」
鯰尾には曖昧に頷き、大倶利伽羅が入っている刀袋を背負いなおした。
そう言えば君はあの神様に会ったことがあるんじゃないのかな。
そう思ってちらりと刀袋を見たが、彼は何も言わない。
知ってたけど!
時折刀袋に話しかけたり鯰尾に話しかけたりしながら少し行くと、また端末に情報が入ってきた。
「米花ミタチアパート……って場所だけ教えられても」
おそらく安奈が殺された現場だろう。
ここからそう遠くないが、安奈が殺されてどれだけ時間が経っているか分からない。
慎重に行こう。
「主、安奈様の死因って?」
「何も聞かされてない。刀傷じゃなければいいけど……」
「でも残党だって頭を使う、今更刀傷じゃないからといって遡行軍じゃないとも判断できない、でしょ」
「そうだね」
ぴり、とした緊張感に、腰に忍ばせた信濃藤四郎に触れた。
指先からじんわりと伝わる信濃の温もりに小さく頷く。
「鯰尾、信濃、警戒を」
「はい」
アパートはこの道を右に曲がったところだ。
今のところ時空の歪みは感じられない。
遡行軍の仕業ではない?
いや、歪みが存在しないからといって断言はできない。
どこか別の場所で歪みを出現させて審神者である安奈を殺したのかもしれない。
いや、そもそもなんでアパートなんだ?
安奈はなぜアパートに?
「主、見て。警察だ」
鯰尾の声にハッと曲がり角の陰からアパートを伺い見た。
アパート周辺には黄色い規制線が張られ、野次馬が数人それを囲んでいた。
まあ、あれくらいいれば私が後ろから見ていてもバレないだろう。
鯰尾とアイコンタクトを交わして目立たぬように野次馬の最後列に紛れ込んだ。
警察がいると言うことは死んでからそう時間は経っていないのだろうか。
「なんか揉めてるね」
「死んだ男が公安の奴だったんだと。んでいま公安と捜査一課が捜査権で揉めてんのよ。ドラマみてぇだよな」
鯰尾の言葉に、気の良さそうなおじさんが応えた。
死んだ“男”……?
どういうこと?
ここで安奈が殺されたというのは政府からの情報だし間違いないと思うんだけど……。
何か複雑なことになっている気がしてならない。
「殺されたんですか?」
「ん?あぁ、どうかね。男女のカップルらしいからなぁ」
男女のカップル……片方は安奈だとして、もう一人の公安っていうのはどういうこと?
安奈が公安の男と何かしら接触していて、殺されそうになり応戦した、という感じだろうか。
もしそうなら安奈は全力で応戦しただろうし、たかだか人間相手に歴戦の審神者が殺されるとは考えづらい。
……でも刀剣は持っていなかった。
持っていなかった理由も気になるが、なんで刀剣を呼ばなかったんだろう。
一振りくらいならとっさに呼べないこともないはずだ。
「どっちかの知り合いかい?」
「ただの野次馬ですよ。もう帰ります」
「それがいいな、殺しなんか野次馬するもんじゃねぇや」
「おじさんは?」
「俺ぁここの住人なんだけどな、夜は道路工事してっからよ、事件なんざ何も知らねぇんだわ」
肩をすくめたおじさんに災難だったね、と苦笑して鯰尾とその場を立ち去った。
鯰尾と信濃が警戒してくれているだろうから、今の所この周囲に歪みも遡行軍の気配もないと見ていい。
じゃあやはり、遡行軍関係なしでこの現世の人間が安奈を殺したということだろうか。
刀袋の中で変わらず沈黙する大倶利伽羅に肩をすくめる。
君も真実を知りたいだろうに、どうして協力してくれないの。
「夜に短刀たちで探って来てもらおうかな。状況知ってる信濃くん隊長頼むね」
了解とばかりに刀が震えた。
やっぱり隊長って嬉しいんだろうな。
「安奈様の関係者って言って事情を聞いた方がよかったんじゃない?」
「刑事だけならそうしたけど、公安はヤバいからね。あいつらどうにも鼻が効くし、下手なこと言えない。それに何より滅茶苦茶怖い」
「ふーん……じゃ、夜まで何しようか!」
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