▽ 四話:現世遊覧
「現世って楽しい……!」
「主……」
「大将……」
鯰尾と信濃の生暖かい目を甘んじて受けつつ、私はクレープにかぶりついた。
アパートをチラ見した後、鯰尾とどうしようかと顔を見合わせ取り敢えずお仕事はここまででいいのではないかと頷きあったのだ。
思考は3秒だった。
颯爽と職務放棄を決めた私たちは信濃を顕現してスイーツ巡りの旅に出た。
現世休暇なんて久しぶりだ。休暇じゃないけど。
大抵休暇を取る時は政府の用意した大型複合施設で刀剣たちと水族館に行ったり動物園に行ったりしてはいたが、やはり生の現世は違う。
もちろん売っている物の違いや建物の違いはあるけれど、何よりも審神者やら刀剣男子やらがいないというのが一番違う。
政府が用意した審神者のための施設であるため、審神者たちがいるのは当たり前なのだが……何かと面倒なのだ。
中々手に入りづらい刀剣を自慢げに侍らせる女やら、手入れもまともに出来ないような男、統括同士のいざこざ。
思いだせばキリがない。
「よし分かった!じゃあ今日は大将解放してあげる!夜も遊びに行ってきなよ」
深くため息をついた私を見かねてか、信濃が私の口に自分のクレープを突っ込んでにっこり笑った。
おいしい。
「うん、俺が神社で待機しておくし、何かあったら連絡するよ」
「ほ、ほんと……?」
「この秘蔵っ子に任せて大将!」
「あ、でも護衛は連れていってよ」
「連れてく!やった!粟田口最高かよ好き!」
そうと決まれば行動は早い。
クレープ片手に神社へ帰り、信濃隊長の隊を編成する。
今回は情報の収集なので忍び込んだ証拠を残さないことと隠密行動、この二点が肝心だ。
冷静で適応力の高い面々で固めるべきだろう。
編成を短刀に限るとだいぶ絞られる。
信濃、薬研、厚、後藤、乱の五振りで行ってもらおう。
このチームは何でか知らないけど会話なく意思疎通ができるのだ。
ハンドサインすらほぼ無いのだが、熟練の軍隊というのはそういうものなのだろうか。
それにしても信濃後藤は遅れて参入したはずだが練度もそう変わらないし、やはり粟田口はそのあたり凄まじい連携感がある。
先行偵察の報告書に隊長と隊員の名前を書いて信濃に渡せば、彼は意気揚々と隊員に集合をかけた。
安奈の大倶利伽羅を現世に残して私も本丸に戻り、少し早いけれどシャワーでざっと体を流す。
さて、護衛は誰を連れていこうか。
夜だし人間に絡まれるのも面倒だから打刀以上にしようかな。
「んー……長船ーお客様の中に長船はいますかー」
「おや、御呼びかな?」
「おー、呼べば出てくるもんだなぁ。大般若さん一緒に呑みに行かない?」
「へえ、あんたから誘ってくるとは嬉しいねぇ、お伴するよ」
あと夜戦向けに短刀一振り連れていこうかな。
大般若さんと歩きつつ、内番姿で野菜を運んでいた小夜くんを呼び止めた。
「それ終わったら私の護衛に付いてくれない?」
「僕でいいの?……護衛なら藤四郎が向いてると思うけど」
「今更じゃない?私と小夜くんの仲じゃん五百余年一緒にいるんだよ?あーそれとも小夜くんは私の護衛なんかしたくないかーあー悲しいなぁー」
「そうじゃなくて……はぁ、分かった。着替えてくるから現世で待ってて」
野菜がたくさん乗った籠を持って、たたたと駆けていく小夜くんを見送っていると、隣で大般若さんが笑った。
私もそれに笑顔を返した。
よくあるやりとりなのだ。
小夜くんは秋田くんと同じくらい初期から私と一緒にいるのに素直じゃないからなぁ。
くすくす笑いながら大般若さんと現世の自室に戻ると、鯰尾が信濃たちと無線機の確認をしていた。
政府から支給されているもので、通信傍受も妨害もされない一般的なイヤーカフ型のものだ。
「主いいところに。骨喰に作業手伝ってもらいたいんだけど現世に呼んでいい?」
「いいよ。現世の部隊総括は鯰尾に一任するから必要だと思ったら勝手に人員投入して」
「了解。護衛は大般若さんだけ?」
「僕も行く」
「おー小夜、主のことよろしくね」
「うん」
鯰尾が青い髪をよしよしと撫でると、小夜くんは小さく頷いた。
いいな、私もしたい。
小走りで私のところに来た小夜くんは無言で刀を差し出した。
小夜くんの柔らかいくせ毛をわしゃわしゃ撫でてから小夜左文字受け取る。
小夜くん可愛い。
少し照れた顔を背けて姿を消した小夜くんに心を撃ち抜かれて胸を抑えていると鯰尾に苦笑された。
何だいいじゃないか、お前ばっかり小夜くんを構って、と短刀を背にしまいこみながら鯰尾を睨む。
「はいはい、睨まないで。にっかりさん達が帰ってきたら一応連絡する?それとも主が帰ってからにする?」
「あー、急ぎでなければ報告は後で聞くから帰宅の一報だけちょうだい」
「了解。じゃ、後は俺たちに任せて遊んできなよ」
「ありがとう、よろしくね」
ひょいと刀袋を私より先に拾い上げた大般若さんが部屋の外に続く障子を開いた。
「エスコートしてやろう、ほらおいで」
「これだから長船は!行ってきます!」
ひらひらと手を振る鯰尾に手を振り返して大般若さんの後を追った。
彼から大倶利伽羅を包む刀袋を受け取り肩にかける。
これだけ良い男が隣にいれば、刀袋を持つ女などきっと邪な者の目にも入らないだろう。
夕焼けを追いかけるように暗闇が迫るのを、黒色を纏う刀とゆったり眺める。
私も着替える際に考えて手に取ったわけじゃないが、やはり喪に服す色だ。
「そっけないかい?」
私が大般若さんの服を見ていたからか、彼は眉尻を下げて少しだけ困ったように笑った。
「ううん、ありがとう。格好いいよ」
「お気に召したならよかった」
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