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まみれる


「お前さんが男装してることと、わざと負けたことは、関係あるんか」

 県内の家から遠い場所で行われる大会に、すごく早起きして行って、すごく注意を払いながら過ごして、やっと終わりましたという時にこれだ。
 わざわざ表彰式が終わって人がいなくなる大分後の時間を待ったというのに、まさか、誰か残ってる人がいようとは。というか、そんな狙い撃ちのようなことをする人がいるとは。
 待つなよ、トイレに入った人を。面識もないんですけど。

 着替える前と後を見られていた焦りですっかり抜け落ちていた。普通に考えたら、やばいのはこの人の方だと思う。

 ──そうして、混乱するまま試合することになって、勝ったら男装の理由を教えろだとか都合丸無視の約束を結ぶことになって、現在に至るわけだけど。
 あの、これ、本当に。やばいのはこの人の方だと思う。あんたは誰だ。


「バラされても困るから、情に訴える方に出ますけど」
「言っていいんか、それ」
「元から私に勝ち目ないですもん。悪いことしてるって、自覚、あります」

 約束は約束だからと腹を括り、試合後、コートに残ったまま暴露をはじめる。
 試合前はまだ明るかったけど、今はもう日が落ちてきている。早く帰らないとまずい時間になってきた。

「……なんで男装してるってわかったんですか」
「そりゃあ、男子が女子トイレに入って、その後誰も女子トイレに入っちょらんのに、十五分後に人が出てきた。背格好も近い。ときたら、同一人物かと思うじゃろ」
「女装趣味かも」
「なら男子トイレに入るじゃろ」
「…………なんで出待ちなんかしてたの。偶然見かけたから?」
「どうかのぅ。……と答えたいところじゃが、それじゃあ俺が不審者になるな。単純にお前さんに聞きたいことがあった」
「聞きたいこと?」
「決勝でわざと負けたじゃろ。理由を聞こうかと思っとったら、偶然女だと知った。それで興味がそっちに移った。負けた理由もそれ絡みに思えたんでな」
「……」

 内心、ちっ、と舌打ちしたくなる。
 なんてことだ。見られてたのか、いいや、気付かれたのか、あの最後のポイントのこと。
 ただの危ない人だったら逃げ出してみることも考えていたのに、指摘をされたら尚更動けなくなってしまう。
 私が今、ここに縫い付けられてるのは、試合で賭けた約束だからという律儀な心が全てではない。
 試合を受けたのも、今逃げないのも、理由は男装していることにある。


「──公式戦に、出られないんです」


 ぽつり。
 俯き、拳を握りながら、吐露する。
 先程まで妙に饒舌だった男の子は何も言わない。ただ少し真剣になった空気が、言葉の先を促している気がした。

「二年前、になるんですけど。試合中に、トラブルを起こして、出場停止処分を受けたんです。内容は公式戦に限ったものでしたけど」
「……」
「でも、名前も顔も、ちょっと知られてたから……公式戦じゃなくても、断られるようになった。練習相手も、通えるスクールも、ほとんどなくて」

 言葉に出してみれば、酷いもんだと思う。
 自分が引き金ではある。だから、この罰は甘んじて受け入れるつもりだ。
 けれど、どこかで納得出来ない自分がいる。まだ諦められない心を、捨てられないでいる。
 私は、テニスが。

「大好きなんだ。テニスが出来れば、どこだっていい。誰が相手だっていい。私が私のまま試合に出るのがダメだっていうなら、それも私じゃなくなっていい。記録もいらない」

 ──それが、更にルールを破ることだとしても。

「……わざと負けた理由は」
「……この大会、準優勝以下は表彰も記録もされないんです。小さい大会なので」
「逆に言えば、優勝すれば記録に残る。名前は勿論、ホームページに写真も載る……か。その分じゃ、全試合を長期戦やタイブレークにしたんも、わざとじゃな」
「…………はい」

 長く試合をしていたくて、持久戦に持ち込んだ。
 持久戦が得意だからじゃない。わざと引き伸ばすことが出来たからそうした。
 それはつまり、必死にボールを追う相手をおちょくったようなものだ。


「──……気に入らんのぅ」


 吐き出される音。
 手をぎゅっと握りこみ、目を瞑って耐えた。
 言葉も当然、突き放す空気だって当たり前だ。
 
 ざり、という音がしておそるおそる目を開ければ、男の子はベンチから離れ帰る支度をしていた。その姿を眺め、どうしようか迷いながら、私も身支度だけ整える。
 本当は念押ししておきたい。話さないで欲しいと。でも、それを言うには図々し過ぎる。
 図々しさをわかった上で、欲のために頼み込むべきだろうか。それとも。

 ……潮時かもしれない。
 心にぽかりと、穴が空いた気持ちになる。


「お前さん来週末は空いちょるか」
「……え?」

 顔を上げる。男の子の顔は、逆光と影でよく見えなかった。
 声だけが確かに響く。

「土曜でも日曜でもいい。空いちょるか」
「……空いてる。どっちも……」
「朝七時に校門前のコンビニ」

 ……はい?
 言葉を飲み込めず固まる。男の子が歩きだしたのを見て慌てて声をかけた。

「な……なに! なんの話!?」
「男装でええから試合出来る用意しときんしゃい。遅刻厳禁でな」
「はい!?」

 何もついていけてない。頭が混乱する。
 この人は、何を言ってるんだ。

「ちょっと……!」

 立ち止まってくれる気が一切ない。距離がどんどん広がっていく。
 ──ああ、もう……!
 どうしたらいいか、どうすべきか、まだ全然わかってないのに!勝手なこと言って!
 この人に会ってから全部、わかんないことだらけだよ!


「〜〜〜っ校門ってどこの!」


 自棄になって叫ぶ。
 公園中に響く声に、ぴたり。やっと歩みが止まった。

「……ああ、そうじゃった」

 男の子は振り返る。
 どんな顔をして、どんな意味があるのか。それは最後までわからなかった。

「立海大附属中」
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