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たまには君に乗せられよう


「カボチャが食いたいんだよおおぉ〜……」

 ――という主の鳴き声を聞いた、なんて報告が複数入ってきた。

 十月末日。隊長でもない俺に、しかもこんな些細な出来事をわざわざ皆が報告してくるのは、少し複雑な気持ちになるけれど、それもそろそろ慣れてきてしまっていた。
 虎徹の真作を掴まえて何をさせるんだと言ったところで、主は「知るか」で一蹴してしまうし、だいたい俺が来た頃といえば料理が出来そうな刀剣男士はいなかった。こういう立場になったのは、仕方ないことなのかなと思っている。

 ……それに、随分前に主に言われた言葉は、少なからず応えた。

 腹が立つほどに俺の話を聞かない主だけど、
 俺を「料理長」と呼ぶ彼女に居心地のよさを感じているのもまた、確かだった。


「カボチャカボチャって、何が望みなのかな?」

 自室でごろりと寝転がる主の前に膝をつき、見下ろす。
 俺の存在に気づいた主は「なんだ贋作か」と呟いて起き上がるので、俺は少し面倒に思いながらもやはり訂正を入れざるをえない。

「何度も言うけど、俺は真作。贋作と一緒にしないでくれ」
「贋作贋作うるさいから贋作って覚えちゃったんだわ。すまん」
「すまんって言いながら、主は俺を贋作と呼ぶのをやめないよね」
「君が贋作贋作いうのをやめたらやめるよ」
「……どうかな」

 俺は真作だから、主張はやめられないに決まっている。
 人の拘りとか傷口を気にしない主のこういうところが嫌いだけど、でも、主にはもう頭が上がらない面も大きくて。結局強くは言えない。
 すまん、ともう一度謝罪を重ねてきた主に苦笑を返して、膝をついていた姿勢を正座に直した。

「それで、カボチャって?」
「カボチャ?なんであなたが知ってんだ」
「秋田隊長と小夜くんがね、とても気にしていたんだ。それ以外にも、結構証言が集まってるよ」
「あいつら何してんだ。まぁいいけど」

 不意に立ち上がった彼女が、ふらりと机の上に近づき紙とぼーるぺんを持ってくる。畳に胡座かいて座り、身体を丸めて何かをかきはじめた彼女の手元を、俺は姿勢を正したままするりと落ちてくる髪を耳にかけ、覗き込む。
 ……カボチャに、顔、だろうか。顔にしては美しくないけど……多分顔であろう何かが書かれた。
 説明を促すように主の顔を見れば、彼女は表情を変えず、俺を見ることもなく口をひらく。

「ジャック・オー・ランタン」
「……なんだって?」
「カボチャのおばけみたいなもん」

 おばけ……。
 彼女から出てくるとは思っていなかった言葉に、思わず固まる。
 はっとして顔を引き締め、誤魔化すように彼女の手元をもう一度見てみれば、なるほどおばけと言われればそれらしい。美しくないのにも納得だ。

「ハロウィンっていう行事があってさ、悪霊がめっちゃ出てくるんすよ。そんで、その悪霊を誤魔化すためにおばけの格好してやり過ごす。そんな行事」
「このカボチャは、悪霊?それとも、この格好を人間がするのかい?」
「する側なのかなあ……ジャック・オー・ランタンは、人を騙しまくった悪徳鍛冶屋が地獄でも悪魔を騙して魂を取らないって約束させて生き返り、そのあとまた死んだ時には先の約束があるから地獄には行けない。でも悪いことしたから天国にも行けなくて、ランタン……灯り入れたカボチャ持ってふらふらさ迷ってるおばけなんだって」
「いいものとは思えないね……」
「そっすね」

 でもそんなこたぁどうでもいいんすよ、と続ける主を横目で観察して、あぁこれ本当にどうでもいい時の顔だなと判断する。今の話はしなくても良かったことなんだろうし、こだわらなくていいことなんだろう。
 鍛冶屋とかおばけとかは、俺たちに関係ないものじゃないから、気になってしまうけど。彼女が話したいのはきっとそこじゃない。

「日本でハロウィンが浸透したわけじゃないけど、でも、そこそこ意識はしちゃうんですよね。あ、さっき話したの建前で、実際普通に遊ぶ行事だからこれ。悪霊退散とかしねーから」
「口が悪いよ」
「すまん」
「察すると、仮装して楽しむ行事ってことかな?」
「ん」

 あとな。少し弾んだような声が耳に入り、主が僅かに、本当にほんのりと、笑みを浮かべる。
 やっと合った視線も、いたずらっ子のようで。

「トリック・オア・トリート……お菓子くれなきゃいたずらするぞ、って言って、お菓子もらいに行くんだ」

 隠すことなく、顔を少し俯かせくつくつと喉で笑う主に、一瞬驚いて――すぐに、はあとため息を吐く。
 ――珍しく楽しげだと思ったら、この人は……。

「主……それ、みんなにやる気かい?」
「まさか。めんどくさいよ、あいつらこういうの大好きだろ。お菓子あげんのもいたずらされんのもご免だね。逆もめんどくさい」
「えっ……」
「ん?」

 ぱしぱし。お互いに目を瞬かせ、見つめ合う。
 やりたかったから楽しそうだったんじゃないのかな?と主の考えが読めなくて困っていれば、主は俺の意図を察したらしく「ああ……」と声をもらした。

「やるのはめんどくさい。でも行事は好きなんですよ。そういうのは大事にしたい」
「大事にしたいのに、自分はやらないんだ?」
「うん。私は私の中で楽しめりゃ、それでいっすわ」
「……へえ……」

 手元にあった紙を丁寧に折り机の上に置こうとする主の背中を眺めながら、少し考える。
 ――行事に限らず、主はこう見えて色々なものを好き、大切に思っている。大事にしたい、しかし、それは表に出ることはなく、主の心の中にだけ存在する。大事に思う「気持ち」を、主は大事にする。
 大事だからといって、それを言葉や行動で表したりしないのが、彼女だ。
 本隊長たちや、俺の時のように。

 まさか、と思う。思って、それしかないなと改める。
 それを確かめるために口を開き「カボチャを食べたいのは、どうして?」と問いかける。顔をしかめた彼女を見て、答えを聞く前に、やっぱりなあという気になってしまった。

「……おばけみたいなのが、ここいっぱいいるじゃないすか。仮装って条件満たしてるようなもんだし……そうなると、なんか、中途半端で。カボチャも欲しくなる」

 ほら――彼女はこういう方だった。
 周りを巻き込まず、そっと楽しむ。それでいて、俺達のことも考えてる。
 とてつもなく――面倒な方だった。

 ふてくされたような主を刺激しないように笑みを抑え、近寄る。頭の中では俺達を参加させてるんだね、なんて皮肉は間違っても言わないようにする。

「主、その紙貸してくれないか」
「……なんで」
「俺も興味がわいたよ。みんなでやるのは確かに騒がしくて大変そうだけど、俺一人がやるくらいも、ダメかな?」
「……顔のとこ作れるんすか?」
「斬るのは得意だよ」

 ちらりと俺と紙を交互に見た主は、特にためらうことなく紙を差し出してきた。そういういさぎよいところは、嫌いじゃない。

「刀だもんなあ……そりゃ切れるわ、切れ味抜群だろ」
「当然だよ、」
「『贋作とは違うんだ』?」

 つい、と見上げてくる視線に笑みを返す。
 抑えていた分、遠慮なく。先ほどの彼女がしたように、少しいたずら心を加えて――


「料理長だからだよ」



たまには君に乗せられよう

 (みんなにナイショで楽しむハロウィン)




※ハロウィンに関して話している場面がありますが、語っている内容は正しくありません。詳細は記しませんが、お間違いないように。
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