menu
top    about    main

ばんとうさんと薬研さん


「光忠の旦那が行きつけの万屋って、ここかい?」

 ひょこり。夕方近く、閉店まであと5分といったところ。
 あまり見かけない刀が、姿を現した。

「……薬研藤四郎?」

 誰かと思ったら、見た目はショタ、中身はアニキと、万屋界隈でも噂の短刀じゃないか。私も審神者に連れられてきた薬研藤四郎を何回か見たことがある。
 急にかけられた声に驚いて、ぱちぱちと目を瞬いてみたが、あまり見かけないというだけで、有名な刀剣男士の一人だった。警戒の必要はない。
 しかし、こんな時間にどうしたのだろう?
 首を傾げた私にニッと笑って見せた彼は、エコバッグを掲げて見せた。
 思わず「あっ」と声がこぼれる。

「アンタが、番頭さん?」
「ああやっぱり、光忠の旦那って光忠さんのことか〜」

 私を番頭さんと呼ぶ刀や審神者は、光忠さんの他には誰もいない。
 以前光忠さんが、人懐っこくてめんどくさそうな白い人と、一匹狼みたいだけどお人好しな黒い人を連れてきたことがあったけど、彼らも光忠さんに倣ってか私のことは「番頭」呼びだった。たぶん、光忠さんがいる本丸ではそれで通っているのだろう。私はそれがなんだか嬉しい。

「光忠さんが白いのと黒い人以外を連れてくるって珍しいなあ。刀時代の主が一緒だったの?」
「刀時代ね。俺っちたちは、今も刀だぜ」
「あっ、失礼しました!」
「はは、冗談だ。そんな気にしないでくれ」
「いえ一応、私政府側の人間ですし。付喪神さまですし!」
「まあ、謙虚な人間は嫌いじゃねぇが……いや、ここは俺っちが引き下がるか」
「そうしてください」

 肩を竦める薬研さんは中々にバツが悪そうで、でも楽しそうに笑っていた。戯れだということは、お互いわかっている。
 店内の和室スペースに転がり、いつも光忠さんにしているように座布団を引きずりだすと、ぺしぺしと叩いた。
 どうぞ座ってくだせえ、という合図だったのだけど、薬研さんはきょとんとした顔で固まり、それからどこかぎこちなく座敷に上がった。

「……座布団出されるのなんて、久しぶりだなぁ」
「そうなの?」
「俺っちが出す側だから」
「ああ、なるほど〜」

 薬研さんはどうやら光忠さんタイプらしい。
噂で言われている通り、アニキ気質だからだろうか。大変だなあ。
 納得しながら自分の分の座布団を出し、それからあれ?とまた首を傾げた。ちらり。入り口に視線を送る。

「悪い、光忠の旦那はいねぇんだ」
「おやっ。じゃあ薬研さんおつかい?」
「ああ。お目当ての刀じゃなくて悪かったな」
「えー薬研さんそういう冗談好きっすね〜」
「結構本心なんだけどな。仲良いやつの方がいいだろ?」
「えー」

 好きなお菓子もずっと食べると飽きちゃうんだけどなあ。適度な距離感と新しい出会いは必要なのに。
 そうは思いはすれど、特に言葉は続けずに注文用の端末を差し出す。ざっと使い方を説明すると、奥の従業員スペースに向かった。
 お茶を二人分用意し、今日はちゃんと準備していたお茶請け用の煎餅をお盆に乗せ、薬研さんの前に置く。
 音に反応したらしい薬研さんは顔をあげると目を僅かに見開き、声には出さず「え」と口を象った。

「どうぞ〜。あ、お煎餅すき?」
「……まあ」
「ん?」
「いや……至れり尽くせりってやつだなと思ってさ」

 万屋っていうより茶屋だな、と言う薬研さんにうんうんと頷き、「でもタダでお茶出して時間外営業してるのは秘密ね」と釘をさしておく。
 薬研さんが声を出し楽しそうに笑った。

「正直、こんなゆったり出来るところだとは思ってなかった」
「まあ、うちの店舗は仕方ないかな〜」
「光忠の旦那が楽し気なのもわかるなぁ。毎日家事と戦いで疲れてるはずなのに、万屋に行ったあとはいつも機嫌がいいんだぜ」
「そうなの?確かにあの人お母さんしてるよね。買い物大好きだし」
「万屋行くだけなのに帰りが遅くってさ、理由聞いたら『番頭さんがいくら値切っても頑なで』って言ってたんだが……」
「うっそだあ!値切られたことなんかほとんどないよ!」

 確かに値切られたことはあるが、しつこく食い下がられることはなかったし、私も値切られたら割と応じる方だ。
 たまんないなあ、光忠さんうそつきじゃん。とふてくされ、ごまかすように煎餅を噛み砕く。

「ははっ、やっぱりか!旦那のやつ、ここでサボってたな?」
「サボってたサボってた。めっちゃサボってたよ!」
「そんな正直に言っちまっていいのか?」
「サボりの口実にされるのはちょっとな〜光忠さんなんか困っちゃえばいい」
「それじゃあ客を一つ落とすだろ」
「大丈夫大丈夫、それでも来るよ、光忠さんは」

 光忠さんのことだ、例え薬研さんに何か言われたとしても、もうひどいよ番頭さん!と文句を言いに来るだろう。そしてまたぐちぐちと文句を言ったあと、ここが居心地いいのが悪いとでも言うのだろう。
 ……いいや、どうだろうな。もしかしたら、そんなことは既に見越してるかも。
 そんな格好悪いことするわけないでしょ、って言いながら、文句を言うこと自体を避けようとしたら……。

 (――あ。もしや)


「薬研さん薬研さん」
「ん?」
「これは術中にハマったかもですぜ」
「ですぜって……なんの術中だ?」

 首を傾げた薬研さんの右手には煎餅が握られており、最初は正座だったはずの足は崩されてる。
 くそう、やられたぜ。悔しくなりながら、さっき気づいた仮説を口にする。

「光忠さんきっと、薬研さんを味方にするつもりなんだよ」
「ほー」
「薬研さんも光忠さんと同じ苦労人タイプっぽいし」
「苦労はしてないぜ」
「きっと薬研さんを寛がせて、自分のサボりを正当化するつもりなんだ!」
「正当化?」

 ぼりぼり。もぐもぐ。
 二人分の煎餅を食べる音に支配された空間がひろがる。
 薬研さんは煎餅を一つ食べ終わるとお茶に口をつけ、ほうと息をついた。

「俺っち、元からそのつもりだったぜ」
「えー!!」
「光忠の旦那は頑張ってるから、俺っちはそこから癒しを取ろうと思ったことはないんだ」
「なぁんだ、焦り損か」
「ああ。心配しなくても、あの刀はまた来るぜ。あんたの言った通り、俺っちが何言ってもな」
「そっか〜」

 仮説が外れてしまって、名探偵気分だった気持ちはすっかりしおれてしまった。
 煎餅をまたばりぼり食べながら、うーん、と唸る。じゃあ今日薬研さんが来たのは何でかなあ。

「違うのかあ。残念だなあ」
「残念?」
「絶対当たってると思ってた。じゃないと、今日光忠さんが来ない理由がわかんないもん」
「あぁ……」

 もぐもぐ、ごくん。と煎餅を飲み込んだ薬研さんがエコバッグを手に取り、中からプラスチック製のタッパを取り出す。
 それをきょとんとして見ていれば、薬研さんがにやりと笑った。

「理由は違うが、アンタが言ってたことは間違ってないぜ」
「え、どの部分が?」
「俺っちを寛がせる、って部分。苦労してはいないが、確かに俺っちも忙しいからな。気をつかったんだろう」
「ほうほう」

 で、そのタッパは何なんだ?
 じっと薬研さんの手元を見れば、その視線が当然わかっているらしい薬研さんが、机の上でタッパのフタを開ける。
 中身を認識して、わあ、と歓声をあげた。

「ロールキャベツ!」
「そう!約束してたんだって?」
「うん!」
「すげえ張り切ってたんだぜ、旦那」
「おかんの本気!」
「ああ、おかんの本気だな!」

 急いで箸と取り皿を用意しながら、薬研さんの話を聞く。
 曰く、光忠さんは帰りが遅いことを周りにつつかれ、私のせいにした。でも周りにぶーぶー言われたから行きづらくて、「ロールキャベツを渡す約束をしたから届けなきゃいけない、それに薬研くんなら値切りもいけるんじゃないか」ということで薬研さんを送り出した。
 と、いうのが建前で、光忠さんは自分と同じように、薬研さんに休息を与えたかったんだとかなんとか。

「なんというか、回りくどい人だなあ」
「本当にな」
「でもロールキャベツはおいしい」
「ああ、うまいな。流石、そこまで見越してたか」
「見越す?」
「『番頭さんはゆるいしおいしいものが好きだから、ロールキャベツ食べたら何も言わない』って光忠の旦那が」
「うわ、光忠さんせこい!」

 まったくもう!とふてくされる私にけらけらと薬研さんが笑い、用意した箸で二人してロールキャベツを頬張る。やっぱりおいしかった。仕方ない買収されよう。

 (……でも)

 目の前にいる少年を見ながら思う。
 ――別に賄賂みたいなの、いらなかったんだけどなあ。


「薬研さん、別にもう何も持ってこなくてもいいよ」


 ぱちり、と瞬く目を見つめる。
 光忠さんにはまたねだりたいところだけど。それはたまにでよくて、気遣いとかもいらなくて。


「光忠さんいなくても、いつでも気が向いた時に、手ぶらでおいでよ。物なら揃ってるぜ!」


 万屋だからね!食べ物も遊び道具も何でもござれ!
 どん、と箸を持ってない左手で自分の胸を叩く。結構なドヤ顔をかましたのが薬研さんのツボに入ったようで、面食らったような顔から、すぐに抑えたような喉での笑いをはじめた。楽しそうだ。

「アンタ、それもう店員と客じゃないぜ?」
「じゃあ友達になろっか」
「ははっ!……乗った!」

 箸を置いて右手を差し出せば、がっしりと手を握られる。存外力が強くて驚いた。自分でも想定外の友達宣言だったけど、いたずらっぽく笑う薬研さんを見てたら、まあこんなもんだよなあと私も楽しくなってくる。
 残りのロールキャベツも二人でぺろりと平らげて、雑談に時間を費やせばすっかり夜で。夜目が利くと言っていたが、子供を夜遅くに帰すのは抵抗があるから、次はぜひもうちょっと早く来て欲しいなと思う。

「俺っちも値切り失敗ってことにすっかなあ。次はちゃんと買い物もするぜ」
「買い物は光忠母さんに任せればいいよ〜、薬研さんお客さん兼友達だし」
「そーか。じゃあ俺っちは、番頭さんのトクベツだな」


 振り向き様にぱちんと綺麗にウィンクを決める薬研さんは流石のアニキだった……あれはショタじゃない。

 政府管轄だから礼儀がとか言ったのはどの口か。だいぶはしゃいでしまったが、たまにはこんなノリもいいだろう。
 やっぱり、新しい出会いも時には良いものだなあと、しみじみ思う。
 そんな、ある日の夜。



本日のお買い上げ:なし。
売り上げ:ゼロ。
臨時収入:ロールキャベツ、友達。
- 3 -