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ばんとうさんと鶴丸さん


 ガタン、という立て付けの悪い扉の音がして、首を傾げる。誰かがいじったんだろうか。というか、閉まってるんだから開けないで欲しい。
 ほとんど私の家と化している従業員スペースから抜け出して、お店の様子を伺う。扉は開いていないし、音ももう聞こえない。諦めてくれたんだろうか。

 (閉店直後……けど、光忠さんじゃ、ないだろうな……)

 光忠さんだったら、わかるような合図を送っているはずだ。
 というか、いつものように番頭さんって呼びかけるだろう。
 どうしようかなあと唸ったところで、ガタン。また音がした。
 ――どろぼうだったら、どうしよう。
 政府の管轄で、審神者と刀剣しか来ない万屋でまさかそんなことがあるとは思いたくないが、金欠の審神者を見たことないわけじゃない。
 もしかしたら、本当に、あり得るかも……。
 急にドキドキしてきた胸を宥めるように息を深く吸い、ゆっくり後退する。こわいから扉からは目を離さない。
 確か、奥の部屋は少し丈夫に出来ていて、刀剣男士でも壊せないように設計されてるって聞いた。それなら最悪、そこに建てこもろう。売り上げは知らない。許して店長。

 そうしよう、と決めた途端の動きは早かった。ゆっくり歩いている間に開いたりしたらたまらない、今すぐ逃げてしまおうと思ったのだ。
 くるりと反転して、スタートダッシュかけるための一歩を踏み出す。右足にぐっと力を入れて地面を蹴り出した瞬間、薄暗かった視界が真っ暗になった。
 それから、ドン!と何かにぶつかる衝撃。
 反動でふらつく身体をぐっと引き寄せられ、何かに腕を掴まれている感覚。

 ――う、


「……うわあああああああッ!?!?」
「おっと」

 ぱっと離された腕を擦りながら、ずざざ!と後ろに下がり距離を取る。
 電気のついてない薄暗い部屋の中でも、いや、だからこそ目立つ、白。
 全身をその色で纏っている人物なんて、私は一人しか知らない。

「つ、……鶴丸さんかよ!!」
「はっはっは!俺だ!」

 俺だ!じゃないですよもう!!
 極度の緊張で強張っていた身体から力が抜け、その場にへろへろとしゃがみこむ。じわりと一気に目頭が熱くなり、その熱を溢さない代わりにこのやろ〜……と情けない声を吐き出した。目の前の白が、動揺したように揺れた。

「えっあっ、君もしや、泣いているのか……?」
「泣いてないですよぉ〜、ばかぁ……っ!」
「声が明らかに泣いているが!?」

 オロオロと揺れる白に電気をつけさせ、顔を覗きこもうとしてきた頭にチョップを落とす。軽くやったつもりだったが、思ったよりうらみがこもってしまったようで、鶴丸さんは頭を抱えて顔を伏せた。

「君は……!中々痛いぞこれ……!」
「顔が近かったんですぅっ!というか、何してるんですかもうっ!」
「すまない、泣かせる気はなかったんだ」
「泣いてませんっ!涙目ですうっ!」
「泣いてるようなものじゃないか!」

 どこか怪我は?と本当に心配そうに眉を下げる鶴丸さんに、何ともないことを示すように顔を見せ両手を広げた。しばらく視線を這わせた鶴丸さんは本当に何もないことに安心したのか、ほっと息を吐いたあと「すまなかった」と改めて謝罪を口にした。

「いや、この間薬研が一人でここに来たって聞いてな。俺も光忠の付き添いではなく、一人で来てみたいと思ったんだ。でも、ただ来るのもつまらないだろうなと思って、少し驚かそうと思ったんだが……君が泣くとは」
「泣いてませんし。おこですし」
「おこ?」
「おこですよ。怒ってます。ぷんぷんですよ」
「……こりゃ参ったなあ」

 頭を掻き、本当に悪いことをしたな、と呟く鶴丸さんを見ながら、手を握ったり開いたりして調子を整える。
 びっくりした気持ちも、抜けた力も、熱かった目頭もいつも通りに戻ったことを確認してから、ゆっくり立ち上がり服についた埃を払う。

「次やったら、出禁にしちゃいますからね。ほんとにおこですよ」
「ああ、俺も懲りた。次はやらない」
「じゃあ、ちょっとそこで正座して待っててください」
「……うん?」
「動いたらイタズラしたと見なして、ぶっとばします」

 ぱしぱしと瞬きをする鶴丸さんを放っておいて、従業員スペースに向かう。あれどこやったかなあ、と頭を巡らせながら部屋に入ると裏口の鍵が開いていて、鶴丸さんはここから入ったのか、と眉をしかめた。
 ちょっとしてからまたお店の中に戻ると、鶴丸さんは私が言った通りその場の床でちょこんと正座をして待っており、その間抜けな姿に思わず吹き出した。

「ご満足か?」
「うん。鶴丸さん、へん」
「君が座って待ってろと言ったんだけどなあ」

 座敷に座るくらいは許したのに。
 くつくつと堪えるように笑い、鶴丸さんにもう動いていいですよと解放令を出す。白についた埃を落とした鶴丸さんは、肩を竦めて口を開いた。

「それで?」
「これつけるので、手伝ってください」
「わかった。罪滅ぼしはするさ」

 従業員スペースから探してきたものを押し付けて、私は店の扉を開けた。どこがいいかなあと外観を眺め、ちょいちょいと手招きで鶴丸さんを呼び出す。

「一番ちっちゃい刀って、どんくらいですか?」
「まあ、俺の胸あたり……くらいか。これはどういうものなんだ?」
「インターフォンです。呼び鈴みたいなものですかね〜」
「成る程」
「扉閉まってたら、今度からこれで呼んでください」
「ああ。だが君も、裏口はしめておいてくれよ?」
「はーい」

 簡易的なインターフォンだけど、無いよりはいいだろう。直接呼びかけられるのが好きだったし使う機会もないと思ったから今までつけなかったけど、閉店後の来客が増えたのだから仕方ない。無いのは不便だ。

「つけたのに使われないっていうのは、勘弁してくださいよ?」
「もちろん。物は使うさ。使われないのなら、ただの飾りになるからな」
「ひゅう、重みが違いますね。ちょっと見直しました」
「おっ。さっきの分は挽回できたか?」
「元から挽回するような好感ないんですけどねー」
「ひどいな君は!」

 ふふ、と笑いを溢すと、鶴丸さんもまた眉を下げ困ったようにしながらも笑うので、余計に楽しくなる。
 小さい刀でも届くようにつけられたインターフォンをそっと撫で、鶴丸さんは優しげな声で呟いた。

「君に好感持たれるくらい、通うとするか」


 今日の分はちゃらにしてあげよう。
 きっかけはどうあれ、眠っていたインターフォンはきっと、もとがとれるくらい使われる。

 物が仕舞われずに使われるというのは、万屋にとっても、嬉しいことだから。


「でも買い物はしてってくださいね」
「……ほんとに遠慮がないな」
「商売なんで」

 他のやつらの扱いとはえらい違いだ、次は君が驚くような伏兵を送るからな、覚悟しておけよ。
 と、ぶつくさ言いながらも喜んで商品を買っていく鶴丸さんに、「またのご来店をお待ちしております」と笑いかける。
 頭をぐしゃぐしゃに撫でられたのでチョップをお見舞いしたけど、まあ。
 悪い気はしなかった……かなあ。



本日のお買い上げ:卵、熊の木彫り、クラッカー、ブーブークッション、炭酸、メントス、トマト。
売り上げ:いっぱい。
客の様子:あの人あれ何に使う気だ……。
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