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だって私は(1/2)


――――真っ暗、だ。

いや、それは語弊があるかも知れない。正確には、薄暗くて……月の光りさえ陰った、夜みたいな感じ。辺りを見回しても何もなくて、でも自分が地に足着けてんのはわかる。妙な感覚だけど、これが何かは知ってる。

夢の、中のようで。

このまま突っ立ってても何もない。何かが引っ掛かってる気がするけど、それが思い出せる気配はない。ならば、と一歩。また一歩と少しずつ足を踏み出していく。何が目の前にあんのか、その先が何かはわからない。けど、ただ単に進んで行くだけ。

「――馬鹿じゃねぇの」

ぴた。足が止まる。
聞こえてきた声に対しての、動作。強制されたわけじゃないけど、自然と、けれどもやっぱり何かに強制されたかのような感覚のそれは、反射的とはまた言い難かった。

(…なんだ)

この感覚を、知ってる。

なんだかつい最近、ずっと、ずっと渦巻いていたような。久しいとは言えないくらい、身近に感じていたような感覚が迫る。
だけどやっぱり、思い出せない。

「おんなじ過ちなんていらない」

もう一度、声が響き渡る。今度は俺もきょろきょろと辺りを見回すけど、そこにあるのはやっぱりぼんやりとした薄暗さだけ。すぐ目の前を見るのがやっとで、とてもじゃないけど人なんか認識出来ない。
いや、そもそもこの声は人なのか。そんな感覚すら曖昧だ。

「泣かせないって、決めたんだ」

よくわからないこの場所で何故か響き渡っていた声が、クリアに聞こえた。はっとして後ろを向けば、ぼんやりと。ホントに気配というか名残というか、なんとなく人がいるような感じがわかった。
顔も何かかもわからない、それ。

「笑わせてやってくんねぇかな」

笑顔で、いて欲しいんだ


耳から直接聞こえる言葉と、この空間に響き渡る声。
どちらも多分、こいつが言っている事だろうとはわかった。だけど俺には何かがわからない。何を言っているのかもわからない。

―――あぁ、わからないんじゃ、ない。

ごっそり、抜け落ちてるんだ。
何故俺がこんな所にいるのか。何故こいつの存在も、こいつが言ってる事もわからないのか。自分の名前すら、ぼんやりと霞み掛かってるのか。
多分俺は、自分が何なのかすらわかってないくらいに、全てが抜け落ちたんだ。
何もかも、全て。全部。

(あぁ畜生…)

でも、でも。

待ってくれよ。

何かがもやもやと、心臓部分を這い出す。霞み掛かっているものの中に、一段と主張するもの。何かがずっと、引っ掛かてる。強制でも何でもないはずのそれが、忘れてはいけないって、それは抜け落ちちゃならねぇんだって言ってる。
ぐちゃぐちゃする脳内に、激しい頭痛まで押し寄せてくる。それでも止める事の出来ない脳の思考が、ズキズキとする頭痛を加速させる。痛い、辛い。息苦しい。でも、止まんない。止めたく、ない。

呼吸が荒くなって、立つ事さえままならなくなっていく。割れるような頭の痛さってのがそのままに、本当に脳ミソが割れて弾けるんじゃないかなんて幻想までいく。そんな事は、あるはずがないのに。例えこれが夢でも、何でも。

(―――あぁそうだ)

夢でこんな激痛、あり得ない。

じゃあ此処はなんなんだ。現実?いや、現実にこんな場所なんかあるのか?なら此処はどこだよ。どこだって言うんだよ。月の光りさえない、こんな暗闇。ほんの僅かしか見えない前。こんな場所、合ってたまるか。
現実が何かさえも疑問が生じるけど、そんなのは今はどうでもいいんだ。この激痛と、どうしようもないくらいに押し寄せてくる衝動。それだけで、精一杯。それだけで、十分だ。

頭のみならず、次第に全身まで痛くなってきた気さえした。支える気力すら放棄して、そのまま踞り、倒れ、悶える。ぼろぼろと目から涙が溢れて、体が焼けるように熱い。何かはわからない。何でかもわからない。暗い暗いわからない何もかもが。何が正しくて常識であり得ることなのかそうでないのか。ぐちゃぐちゃした頭はぐちゃぐちゃし続けたまま。焼けるように熱い体は、心臓と脳に集中してる気がして、終いには無意識に喉の奥から声が溢れた。

(――何であんたは、暢気に見てんだよ)

喉が裂ける錯覚を起こすくらい、声を出してるのに、また思考は別の回路を作っては冷静に目の前の奴を見てる。涙で歪んだ視界でも尚、目に写る声の主。俺を妙な衝動に掻き立てた張本人。

「幸せに、してやってな」

助ける様子が一切ないそいつは、ただまた自分勝手にそう言うだけ。挙げ句暗闇はどんどん深くなるし、そいつの姿さえも見えなくなっていく。痛い痛いイタイ。暗い中で激痛と一緒にヒトリ。孤独。じりじりとした妙な熱さは酷くなっていく。脳は激痛で。心臓は熱さで弾け飛ぶ想像が一瞬過っては消える。

焼けるように熱くてイタイのは、心臓ではなく心なのに。

――あぁもうシラナイわからない辛い。でもいいじゃねぇか一つくらい。こんだけ耐えたんだから、名前も存在もわからないままでいい。知らないままでいい。あいつが助けてくれずただ見てた事だってどうでもいいんだ。いや、それでいい。それが、いいんだ。

だから頼むぜ。一つくらい、


ぶつん。激痛も熱さもシャットアウトされて、意識がぶっ飛ぶ感覚が襲う。

(なに……、)


俺じゃ、無理だから


突然手を握られる感触。冷たいのに、どこか暖かい空気を纏ったその手。

ぽたぽたと、自分ではない暖かい水滴が落ちてきては伝う。それがまたその手の冷たさとは比例していて、余計に暖かく感じた。



「頼んだぜ―――赤也」



見えなくなったはずの声の主が、俺を見て笑った気がした。
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