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よいとしてしまうなんて(2/2)
―――カリカリカリ。紙にシャーペンを走らせる小さな音が響く。教室には、もう誰もいなかった。
一日中ドキドキが止まらない中で、それでもこれ以上嫌われるわけには行かねぇ!といつも以上に気ぃ張った。ここまで頑張った日直は人生初めてかも。いや、日直に頑張るも何もないかもしんないけど、俺からしたら相当頑張った。もう、勤労賞欲しいくらい。
ひたすらに日誌ばかり見ていた目をほんの少しだけ上にあげる。昨日と同じ席で、昨日と同じ状況で。幸い今日は先生からの仕事なんてなくて、号令だけで済んだ。あとは日誌だけって所で、放課後残って記入。日直の感想とか、そういう記入欄があるから。
苗字サンは俺が見てるのも気づいてないのか、一時間目の授業の様子を書いてる。
―――話すなら、書き終る前に、だよな。
「昨日、さ」
世間話みたいなつもりだった。書きながら耳だけ傾けてくれりゃそれでいいかなって。俺の精神的にも、心臓的にも。
けど残念ながら苗字サンは人と話す時には目を見るタイプらしい。ぴたっとシャーペンが動きを止めて、ほんの少し、顔が上がる。
ぐっと、また息が詰まって思わず下を向く。俺から目ぇ逸らしてどうすんのとも思ったけど、目ぇ合ったら吸い込まれそうで、逸らせなくなりそうで、まともに話せない気がしたから。
視界の端に写った日誌を見て、ここ漢字違うって珍しく指摘。河井先生が川合先生になってた。まぁ、先生の名前の漢字なんて音でしかわかんないんだから、間違えても仕方ないけどさ。
けど、俺の目的は達成出来たみたいで、苗字サンは漢字間違いを直し始めた。日誌の端に書いた、俺の汚い字を見ながら。
「テニスコート、居た?」
カリカリ。今度は止まる事なく手が動いてる。でも、別に答える気がない訳じゃないらしい。
「校舎以外のとこ、見て回ってたから」
「早退したのに?」
「見て回ったのは朝。君にぶつかる前」
「放課後は?」
「早退したって今自分で言ったでしょ」
ホントに?首傾げて苗字サンを見てみるけど、嘘をついてるようには見えない。あまりにもガン見し過ぎたのか、苗字サンも顔をあげて訝しげだ。
「いや、昨日さ。部活やってたら苗字サン見かけた気がしてさ」
「部活?」
「テニス部」
そっか…違うの、か。ならあれは俺が考え過ぎて見た幻覚かなんか?うわ、本人に話しちゃったじゃん…恥っず………。
テニス部って言ったらまたどっか驚いたような顔してて、意外?って聞いたらはっとしたようにごめん、って言われた。
「遊んでるタイプかと」
「俺が?まさか!遊ぶのは好きだけど、断然テニスの方がいいね!」
「テニス」
「そ。立海大付属、二年エース!切原赤也って言ったら有名だぜ?」
聞いた事ない?って言ったら、テニスには興味なかったからって一刀両断。そういや、どっから転校してきたかも知らなかった。遠いとこから来たなら、まぁ、興味なきゃ知らないよな。
ちょっとだけしょげれば、苗字サンがでも、と繋げた。
「この学校のテニス部、全国で一番なんでしょ?初日に先生が自慢してた」
エースなら、凄いね。
日誌に目を通しながら言った言葉だけど、声にはなんとなくじゃなくて、ホントに感嘆の意があるような感じで。
ドクドク。心臓がうるさいくらい鳴って、それに比例するように嬉しくなる。
スっと、日誌を俺側に向けられた。記入欄の殆どは埋まってて、あとは日直の感想だけ。日誌と一緒に渡された、苗字サンの白とピンクの細いシャーペンを掴んで、ガリガリと感想を書いた。
「ん」
向きをまた苗字サンの方に向ける。あとは苗字サンが感想を書いて終りだ。
ちらっと、ニヤリとして片目だけで苗字サンを見て。
(え……うわ、ちょ……ま、って!)
顔に熱が集まるのがわかる。多分、耳まで。
自分から仕掛けておいてあれだけど…だって、まさか。嫌いだったん、でしょ?
目を見開いて唖然とする、俺が書いた感想を見て、苗字サン、が。俺には冷たくて仕方ない、苗字サンがだ。
ふんわりと。
綺麗に、笑ってた。
「これ、職員室に出すんだよね」
「!……お、う」
「ん」
「俺、出す!部活行く時、通るし」
「そう。じゃあ、お願いします」
ばくばくする心臓を頭ん中で収まれ収まれと呪文のように命令する。教室の電気が消えててよかった。これなら顔赤くても……多分バレない。
ガタって音がして、苗字サンが鞄を持って立った。そのままドアの方まで行くから、慌ててじゃあな、って言おうとしたけど、最初の方が掠れてて、ちゃんと聞こえてたかわからない。それでも、何かを思い出したかのように立ち止まって、ドアから出る直前。
「ありがとう」
返事をする前に、帰ってた。
「………はあああ」
俺、カッコ悪ぃ……!頭から勢いよく机に倒れ込む。笑った顔で赤くなるとか何だよ。いや、でも…すっげ、綺麗に笑ってた、し………いやいやいや。
そういえば、と思って日誌を見る。俺の文字の隣。苗字サンの感想。
―――これって…。
「ちょっとは仲良くなった…って思って、いいんだよ……な?」
苗字サンに今度テニスを見せてやろーと思いました。俺、本気で強いんだぜ? 切原
切原くんは切原くんだと思いました。ちょっとだけならルールでも見ておきます。 苗字
へへ、なんて。
抑えられないくらい、頬が緩んだ。
- 8 -
一日中ドキドキが止まらない中で、それでもこれ以上嫌われるわけには行かねぇ!といつも以上に気ぃ張った。ここまで頑張った日直は人生初めてかも。いや、日直に頑張るも何もないかもしんないけど、俺からしたら相当頑張った。もう、勤労賞欲しいくらい。
ひたすらに日誌ばかり見ていた目をほんの少しだけ上にあげる。昨日と同じ席で、昨日と同じ状況で。幸い今日は先生からの仕事なんてなくて、号令だけで済んだ。あとは日誌だけって所で、放課後残って記入。日直の感想とか、そういう記入欄があるから。
苗字サンは俺が見てるのも気づいてないのか、一時間目の授業の様子を書いてる。
―――話すなら、書き終る前に、だよな。
「昨日、さ」
世間話みたいなつもりだった。書きながら耳だけ傾けてくれりゃそれでいいかなって。俺の精神的にも、心臓的にも。
けど残念ながら苗字サンは人と話す時には目を見るタイプらしい。ぴたっとシャーペンが動きを止めて、ほんの少し、顔が上がる。
ぐっと、また息が詰まって思わず下を向く。俺から目ぇ逸らしてどうすんのとも思ったけど、目ぇ合ったら吸い込まれそうで、逸らせなくなりそうで、まともに話せない気がしたから。
視界の端に写った日誌を見て、ここ漢字違うって珍しく指摘。河井先生が川合先生になってた。まぁ、先生の名前の漢字なんて音でしかわかんないんだから、間違えても仕方ないけどさ。
けど、俺の目的は達成出来たみたいで、苗字サンは漢字間違いを直し始めた。日誌の端に書いた、俺の汚い字を見ながら。
「テニスコート、居た?」
カリカリ。今度は止まる事なく手が動いてる。でも、別に答える気がない訳じゃないらしい。
「校舎以外のとこ、見て回ってたから」
「早退したのに?」
「見て回ったのは朝。君にぶつかる前」
「放課後は?」
「早退したって今自分で言ったでしょ」
ホントに?首傾げて苗字サンを見てみるけど、嘘をついてるようには見えない。あまりにもガン見し過ぎたのか、苗字サンも顔をあげて訝しげだ。
「いや、昨日さ。部活やってたら苗字サン見かけた気がしてさ」
「部活?」
「テニス部」
そっか…違うの、か。ならあれは俺が考え過ぎて見た幻覚かなんか?うわ、本人に話しちゃったじゃん…恥っず………。
テニス部って言ったらまたどっか驚いたような顔してて、意外?って聞いたらはっとしたようにごめん、って言われた。
「遊んでるタイプかと」
「俺が?まさか!遊ぶのは好きだけど、断然テニスの方がいいね!」
「テニス」
「そ。立海大付属、二年エース!切原赤也って言ったら有名だぜ?」
聞いた事ない?って言ったら、テニスには興味なかったからって一刀両断。そういや、どっから転校してきたかも知らなかった。遠いとこから来たなら、まぁ、興味なきゃ知らないよな。
ちょっとだけしょげれば、苗字サンがでも、と繋げた。
「この学校のテニス部、全国で一番なんでしょ?初日に先生が自慢してた」
エースなら、凄いね。
日誌に目を通しながら言った言葉だけど、声にはなんとなくじゃなくて、ホントに感嘆の意があるような感じで。
ドクドク。心臓がうるさいくらい鳴って、それに比例するように嬉しくなる。
スっと、日誌を俺側に向けられた。記入欄の殆どは埋まってて、あとは日直の感想だけ。日誌と一緒に渡された、苗字サンの白とピンクの細いシャーペンを掴んで、ガリガリと感想を書いた。
「ん」
向きをまた苗字サンの方に向ける。あとは苗字サンが感想を書いて終りだ。
ちらっと、ニヤリとして片目だけで苗字サンを見て。
(え……うわ、ちょ……ま、って!)
顔に熱が集まるのがわかる。多分、耳まで。
自分から仕掛けておいてあれだけど…だって、まさか。嫌いだったん、でしょ?
目を見開いて唖然とする、俺が書いた感想を見て、苗字サン、が。俺には冷たくて仕方ない、苗字サンがだ。
ふんわりと。
綺麗に、笑ってた。
「これ、職員室に出すんだよね」
「!……お、う」
「ん」
「俺、出す!部活行く時、通るし」
「そう。じゃあ、お願いします」
ばくばくする心臓を頭ん中で収まれ収まれと呪文のように命令する。教室の電気が消えててよかった。これなら顔赤くても……多分バレない。
ガタって音がして、苗字サンが鞄を持って立った。そのままドアの方まで行くから、慌ててじゃあな、って言おうとしたけど、最初の方が掠れてて、ちゃんと聞こえてたかわからない。それでも、何かを思い出したかのように立ち止まって、ドアから出る直前。
「ありがとう」
返事をする前に、帰ってた。
「………はあああ」
俺、カッコ悪ぃ……!頭から勢いよく机に倒れ込む。笑った顔で赤くなるとか何だよ。いや、でも…すっげ、綺麗に笑ってた、し………いやいやいや。
そういえば、と思って日誌を見る。俺の文字の隣。苗字サンの感想。
―――これって…。
「ちょっとは仲良くなった…って思って、いいんだよ……な?」
苗字サンに今度テニスを見せてやろーと思いました。俺、本気で強いんだぜ? 切原
切原くんは切原くんだと思いました。ちょっとだけならルールでも見ておきます。 苗字
へへ、なんて。
抑えられないくらい、頬が緩んだ。