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―――結局家に着いたのは、日が暮れた頃だった。

走り出して五分後ほど。ふいにいつもとは違う違和感に気付いて首もとに目を向ければ、いつも仲良く並んでいた二つの指輪が一つしかなかった。
慌てて引き返して何度も何度も往復して、友達と別れた場所にまでも戻って。でも、それでも見つからなかった。暗くなってきてから携帯のフラッシュを使ったけど、そんなんじゃ当然見つかりっこない。時間も、過ぎていく。

――死んだおばあちゃんに貰った、指輪。

大好きで仕方なかったおばあちゃんが死んだ時、私が寂しくないようにとうちの家紋が刻まれた指輪をくれた。ホントはお母さんが受け継ぐはずだったのに、お母さんもおばあちゃんもひなたが持ってていいよ、といって私にくれた。

それ以来大事にしてる、指輪。

私の宝物。

………それを無くすなんて……。仕方なしに帰路についたけど、気分はドン底だ。正直、帰りたくない。それでも時間を確認すれば、やっぱり帰らないとマズそうな気がする。光はあれで心配性というか……私に対しては、ちょっとだけ過保護だ。私がお姉ちゃんなのにとか思うけど、優しい子には代わりないから別段気にしてない。
一旦光に報告して、それから許可が出たらまた探そう。
一生懸命表面だけでもモチベーションを上げて、我が家を見上げた。
明かりは、ついてる。

「ただいまー…光ー…?」

シン……と、静まりかえってる。いつもなら廊下の電気もつけっぱなしなのに、明かりが漏れてるのはリビングだけ。玄関にはぐちゃっと投げ出された靴があるから、帰ってはいるはず。………リビングで寝てるのかな。

「光ー?起きて、………光!?」

る、と続くはずの言葉は一気に途切れた。視界に入った光景は見慣れたはずのリビングじゃなくて、ちょっとズレた光景。荒らされた、部屋。空き巣にしては豪快過ぎるし、所々刃物で切った跡もある。明らかに―――危険、だ。
そしてその中でも、もっと重大な………床に倒れてる、弟。

「光!どうしたの!?」
「……」
「光、光……ッ!」

息はある。擦り傷とかがチラホラ見えるけど、それも大したものじゃなさそう。
それでも目を瞑っているというだけで怖くて、目を覚ましてほしくて、何があったのか知りたくて。それにもしかしたら、見えない場所……内臓とかは、どっか怪我してるんじゃないかと一生懸命探る。
――確認がしたい。光の口から、大丈夫……って。

「…………姉、ちゃん…?」
「光……良かった、生きて………うわっ!」

ガシリ!ぼんやりしてた目が、私を認識した途端に見開かれ、同時にかなり力強く腕を捕まれた。

「―――阿呆…ッ!」
「へ?」
「だめや……姉ちゃんが、ここにおったら……ッ」
「ひ、光…?」
「ここ、居んなや!どこでもええ!今すぐ逃げろッ!!」
「何言って、」
「ええから!早くせぇへんと……アイツがッ、」


「―――アイツって、俺のこと?」


ぶわりと、寒気がした。

ドクリ!と心臓が一瞬はねあがって、反射的に後ろを振り向けば、茶髪に、深い紫色の着物を着崩して着ている男の人が立ってた。恐らく、同い年……くらいの。
彼の口角はなめらかに上がっていて、あくまでも和やかそうに笑ってる。でもそれはまた、口角だけ、で。目は全く―――和やかなものじゃ、ない。

なのに、


「! 光っ」
「あーあ…動かへん方がええで。というか、動けへんやろ」
「うっさいッ!……姉ちゃんも、俺が引き付けとくさかい、その間に逃げろや!!」
「な……それじゃあ光が危ないよッ!」
「俺はええからッ!」

ズルズルと腕だけを使って私の前に来た光は、どう見たって大丈夫そうじゃない。やっぱり打撲とか……内側は、見えない部分は無事じゃなかったんだ………それをまさか、置いていくわけにもいかない。それに光がこんなに警戒してるということは、完全にこの状況はこの人が作り出したもの。なら光も私も、どうしたって太刀打ち出来ない。

ドクドクドク。心臓が、早くなる。


「………あー…俺が悪もんみたいやん…言うとくけど俺、ひなたをどうこうするつもりはないで?」
「何で私の名前……」
「お前に、聞いた」

ハっ、と……短く息が漏れた。ドクドク、ドクドク。心臓は更に早く打ち鳴らして、確実に私の中の音の殆どを占めてきている気がする。目の前にいる人の声しか、聞こえない。

視線がかち合う。真っ直ぐな目。和やかとは程遠い、でも、怖いわけじゃない。そんなに悪い目なんかじゃない。遠い何かを見ているような………悲しげな、目。


「頼まれたんや、お前に」
「私、に……?」
「ん。正確にはお前やないけどな。それでも俺はお前に頼まれた」

ゆっくりと、視線を合わせたまま彼は私に近付いてくる。近くで光が動かせない体を必死に動かそうとしてたのがわかったけど、それすら、気にかけずに。

―――私はこの目を……知って、る…?


「俺は頼まれた。せやから、連れてかへんとあかんねん。お前がいなきゃダメなんや」
「連れてくって…」
「白石が呼んでる。皆がお前を待ってるんや……お前がいないと、終らへん…俺も、アイツらも……」

一瞬にして目の中の哀しみの色が強くなったのに影響されてか、ドクドクしてた心臓はズキズキと……まるで手でそのまま捕まれたかのように、ぎゅうっと締め付けられた気がした。
もう彼はすぐそこまで、いや、目の前にいる。私の前でしゃがみこんで、だから目の中の、瞳の奥。ううん、下手したらもっともっと深いところにある……哀しみが、見えるんだ。
潰されてしまう、このままじゃ。私の心臓が、心が――何か、予想も出来ないものによって。

「白石…?私、そんな人知らない……!」

なんとかしなきゃ、そう思って発した抵抗の言葉は抵抗にもならず、目の前の彼は穏やかに笑うばかり。

「せやな…。だから、今から、」

逃げられない。
そう思った時には、いつの間に伸ばされたのか、彼の手が私の視界を完全に遮る直前。



「今から――――知り合うんや」






最後に見えたのは、眩しくて綺麗な光りと、


私に向かって手を伸ばす、弟の姿だった。

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