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 痛みはきっと、どこかに行ってしまったのだろう。
 待っている間の退屈も、過去と未来への不安に比べたら、何もこわくなくて。
 ──なんとなく、大丈夫だと思った。
 そんな根拠で動けるほどに、
 そんな根拠だけで、進めるほどに。
 麻痺してる。きっと、ずいぶん前から。
 私はきっと、もっと痛い何かを、知ってたのかもしれない。



「あれ、眠気は感化されないんだ?」

 ──ぐったり。まさしくそんな表現が似合うような様子でソファに身を投げている俺とフェイタンを見て、シャルがそう言った。

「睡眠が一緒じゃないなら、失神や気絶も大丈夫なのかな。それだとずっと眠ってもらうっていう手も使えるんじゃない?」
「……いや、それは試した。薬だとフェイタンにも影響がでる。問題ないのはあくまで自然な眠りだけだ」
「ふうん。やっぱめんどくさいね、この能力。盗めそう?」
「本人が自分の念に疎いのが、どうにもな……」
「ああ……どこまで本気なのかね」

 シャルが持ってきたパソコンをテーブルに乗せながら、キッチンのコーヒーメーカーのスイッチを入れる。

「団長とフェイタンもいる?」
「……やめておく。なんというか、子育てでもした気分だ」
「育児ノイローゼ。確かに、目を離したら怪我してそう」
「実際、してる。俺は止めるくらいだからそこまででもないが、」
「……殺す」
「フェイタンは限界だな」

 はあ、とらしくもなくため息を吐いて身体を起こすと、既に寝に入っているフィンクスとノブナガが目に入った。
 マチはあの女の見張りで隣の部屋にいるが、どちらかというとマチを休ませてノブナガたちに見張りをさせた方がいいように思う。

「で、収穫は?」
「もちろん。大方調べ終わったと思うよ。……聞けるの?」
「聞く。頼む」

 ついと横目でフェイタンを確認すれば、やはり気になるものは気になるらしい。
 というより、オーラから感じるに、腹が立つからこそあの女が隠していることが気になるというのもあるのかもしれない。
 シャルナークがコーヒーを持ち、パソコンを立ち上げた。

「イデル=アールスクロイツ。十七歳。あんな吹っ掛けかたしてくるからどんなに難しいもんかと思ったら、大したことでもなかったなー。普通にこの島で生まれ育って、渡航経験もなし。父親は四年前に他界してて、母親は二年前に失踪。母親の方はプロのハンターみたい。トレジャーハンター。洞窟の番人の家系であるのも確か」
「プロハンターか……行方は?」
「それはまだ。生きてるかもわかんないけど、そんなに有名人物ってわけでもなさそうだよ。ハンター試験すら七回目で合格したって」
「そうか……」
「ねえ、これなんか必要? 何が目的だと思う?」
「団長はあれの言てたことどう思うか」
「ああ……そうだな、ひとつひとつ確認していくか」

 シャルがパソコンをスリープ状態にして俺の方を向いた。
 数時間の問答の際、仮説はいくつかたてた。考えられることは限定されているが、いまのシャルの情報からも繋げることはできなくない。

「確認だが、シャルのアンテナは刺さらなかったんだな?」
「うん。フェイタンにも刺さらなかったし、あの子にも刺さらなかった。フェイタンのほうは自分のオーラでダメージになってるってことだったから、たぶん『対象の念を操作してダメージを反映させる』っていう、操作系の類いだと思う。でもそれならイデル本人はアンテナで操作できるはずなんだけど……」
「自分のダメージの反映なら、あれ自身も操作の対象になてる可能性あるよ。そしたらきかなくてもなとくね」
「フェイタンの言う通り、俺もその線はあると思う。だけど、もうひとつだ」
「もうひとつ? ……まさか、あの子自身も誰かに操られてる、とか?」
「ああ。むしろ俺は、そっちのほうが強いと思ってる」

 シャルとフェイタンが顔を合わせる。

「根拠は?」
「まず、念の知識があまりにもなさすぎる。自分が死ねばフェイタンにダメージがいく、だから殺さないと紐付けている時点で死念のことは頭になく、除念もしらない。まあ、このあたりは単純に知識がないだけで済ませられる範囲だから、あくまで仮定だ」
「うん」
「フェイ、念にかかる前に少しやりあったんだろ? どうだった」
「普通の人間と変わらなかたよ。団長の命令なかたら、ワタシあれすぐ殺せてたね」
「だろうな。俺たちといる間の様子や念の状態を見ても、まず間違いなく念を使いこなせていない。纏すらあやういくらいだ。そんな人間が発までいけるか?」
「いけ……なくはないんじゃない? どっか得意なことに特化してれば、あるいは」
「ああ。だからこれが最後の仮定だ。『俺たちを殺す気はなく、宝よりも命を優先するが、取引はできない』。俺はこれを、単純に念の解き方を知らないと判断した」
「それって、元から自力で解けない念ってことじゃなくて? 念が未熟っていうなら、そのへんよく考えてないとか、把握してないとか」
「それならシャル、あのヒントはどう捉える。お前が言った通り全く大したことのない情報を俺たちに掴ませて、あいつに利点は?」
「……ないね。少なくとも、今のところ引っ掛かるような何かは何も」
「だから、パクを使う。俺の仮定が正しければ、有力なのは二つだ」

 二人に向けて指を二本立て現段階での結論を纏める。

「ひとつ。イデル=アールスクロイツは自身に関しての記憶がないが、念能力は本人のものである。ふたつ。イデル=アールスクロイツは自身に関しての記憶がなく、念能力もまた自身のものではない。前者なら話はシンプルだが、後者は少し厄介だ」

 シャルとフェイの目が僅かに見開かれ、すぐにシャルから「仮説、ね」と確認が入った。俺が告げた説は辻褄が合っても証拠はまだ揃っていない。
 しかし、仮説として放っておくには難しい要因が、この話の先にあることは言わずとも察しただろう。

「シャル、イデルの交遊関係は調べたか」
「調べたけど何もないよ。島の住人と交流はほとんどなかったし、ネットはそもそも繋がってない。親戚なんてものもあんまり関わりなさそうだし……となると、もしフェイタンにかかっている念がイデル本人のもでないとしたら。プロハンターの母親の念である可能性が高い」
「しかも、生死不明で失踪している、な」

 忌々しげに顔を歪めたシャルとフェイに、俺も深いため息を返した。
 すべては最悪だけをみた可能性でしかないが、それでもこれ以上はいまのところは思い浮かばない。

「といっても、イデルに記憶がないってこと自体が俺の推測に過ぎない。その辺はパクがきたらはっきりする」
「あ。それなんだけどさ、団長……」
「どうした?」

 うーん、と指で頬をかいたシャルが気まずそうに指を二本たてる。「悪い話がふたつあるんだけど」……どちらも、選ぶ必要はないだろう。

「好きな方からでいい」
「うん。じゃあひとつ目。もうすぐ吹雪がくるから、パクが乗るはずだった便が動かなくなった。いつ再開するか不明」
「げ」
「ふたつめ。その吹雪の影響なのか、その電話の途中で電波が切れた。ぶっちゃけ俺のパソコンももう回線が繋がらない」

 ……ということは、だ。
 イデル=アールスクロイツの記憶を探るのも、もっと後になる上、これ以上の情報収集は直接足を使うことになる。

「あーそうか、必然的にみっつめ。俺たちもここから出られない」
「……そうなるだろうな」
「うん、フェイタン、がんばれる? 長丁場だよ」

 じろりとフェイタンがシャルをにらむ。
 一日でこれなのだから、しばらくつづくとなれば身体的にも精神的にもくるだろう。
 ノブナガあたりが犠牲になるな、と先行きの目処を考えて、もう一度息を吐いた。
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