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「これはお前にも関係のある話だから伝えるが、食料が尽きた」
「えっ、かなしい……」

 探索から戻って夜になる前に、団長さんがそう言った。
 ちなみにフェイタンさんは指から手のひらまでがざっくりいっていた。可哀想に。私も図太くなってきたのか同情の余地しかなかった。それはともかくとして。

 どうやら彼らはここに長居する気がなかったため備えもなく、そして私の家にあった食料は昼食で尽きたらしい。そりゃそうだ、一人暮らし想定だもん。知らない人間に押し入られる予定も許可なく食べられる予定もなかった。

「俺達は数日食べなくても問題ないが、お前の食事は管理する必要がある。だから教えて貰いたいんだが、食料は今までどう調達してたんだ?」
「うーん、釣りとか山菜とか。方法はありますけど、この島はあまり外に出回ってないものが多いです。独自の食べ物ばっかで……毒物とかもあるから、見分けられるのかなーという心配があります」
「だろうな。そう判断して聞いてるんだ」
「ああ、なるほど。調べ済みでしたか」

 ならついでにその食べ物たちの調理法とかも自力で調べられなかったんだろうか。インターネットは無理でも本とか……ん? この人たちどうやって調べたんだろう……。

「ネットで調べたらどうですか?」
「専用の回線でもあるのか?」
「無いです、多分」
「……鎌をかけてるなら乗ってやるが、インターネットは繋がらない。吹雪の影響だろうな」
「でしょうね。この島は電話もネットも吹雪の間は繋がらないので。じゃあ」
「『どうやって調べたか』? 単純に、見たことがない植物ばかりだったとは考えないのか」
「そう言えるってことは、植物に詳しいってことですけど」
「鎌をかけてるなら乗ってやる、と言ったけどな、俺は」

 もう先に進めていいか? と言わんばかりの顔で団長さんが自分の膝に頬杖をつく。植物に詳しい、というだけでなく恐らく動物にも詳しいんだろう。そして詳しいからこそ、この島には独特な生態が成り立っていることに気付いた。
 インターネットがなくても困らないほどの知識量。それから、それは私にバラしても痛手にならない。わかるのはそれくらいだろうか。
 ついでに予想だが、多分知識があるのは団長さんだけじゃなくシャルナークさんもだろう。今日私の周りをうろちょろしていた彼は、マチさん達以上に森を観察していた。きっと彼も、自分の知らない植物の中に知っているものがあるかを探していた。
 二人がそれぞれ見た結果、島民である私に聞くのがベストだと判断した。そんなところだろう。

「一ついいですか?」
「なんだ」
「そんなことなら昼間の探索中に教えて下さいよ。二度手間じゃないですか」

 ぴりっと。周りの空気が重くなる。怒っているのはノブナガさんとフェイタンさんだろう。二人は私への当たりが強い。

「……お前、一日で随分調子乗るようになったじゃねェか」
「ノブナガさん、逆だと思います。私が死ぬまでは私が優位です。どうせ死ぬなら心労は無い方が良いですし、好きなこと言いますよ」
「あァ?」
「というか、不思議なんですけど」

 トントン。自分の胸を指で叩いて、精一杯冷めた目を向けた。

「私の能力、なんだと思ってます?」
「……はぁ?」

 ノブナガさんが顔をしかめて嫌そうな態度を示した。何言ってんだコイツ、とでも言いたげなのを飲み込んで、団長さんに目を向けた。
 団長さんは止めない。続きを見る姿勢らしい。
 ノブナガさんがでかい溜め息を落とした。

「自分の傷を対象者にも反映させる、みたいなやつだろ」
「私昨日そこにいるフィンクスさんに首トンされて気絶したりシャルナークさんになんかよくわかんない薬飲まされて眠ったりしたと思うんですけど、その時フェイタンさんはどうでしたっけ?」
「……寝てただろ。ダメージじゃないがお前と同等だ」
「では昨日、私が自分でも気づかなかった空腹にフェイタンさんが違和感として気付いたことは覚えてますか?」
「だから今お前のメシの相談してたんだろうが」
「そうですね。空腹と睡眠は傷ですか?」
「傷じゃねェ。お前本当に面倒臭ェな……」

 うんざりした様子のノブナガさんに私はうん、と一つ頷いて自分の考えを固めた。
 「やっぱり、不思議なんですけど」──もう一度トントンと胸を叩く。

「そこまで考えられるのに、何で心労は反映されない前提なんですかね?」

 ……沈黙が、続く。
 「……そりゃあ……心労は……」と言いかけたノブナガさんも口を結び、難しい顔をしている。
 そう、その通り。心労の反映は少しずれている気がする。空腹や睡眠は身体の影響だが、心労は心の問題だからだ。──果たしてそうだろうか?
 緊張でお腹を痛めるとか、ストレスで頭を痛めるとか、心と体は意外と密接だ。
 それならば、私の心労が反映しないとは、言いきれるだろうか?

「……なかなか面白い仮説だな」

 団長さんが口を開く。顎に手を添えた姿は絵になるほど似合っていた。

「心の状態まで反映するなら能力としては面白い。正直殆ど出任せだろうが……興味深い視点だな」
「おいおい団長、どこまで甘くする気だよ」
「ノブナガ、少し耐えてくれ。試したいことが出来た。それからフェイ」

 口許に笑みを象る団長さんは、見た目だけなら本当に爽やかだ。蓋を開ければ色もない闇が広がっていそうだから、近寄りたくはないけれど。

「そういうわけだ。お望み通りこれから付き添って労ってやってくれ」
「………………」

 いや、それは人選が無理だろう。
 この人達と出会って二日。心の声が一致したのは、きっと後にも先にもこれだけだと思う。
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