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世迷いごととはまさに


――――馬鹿な女だな。

正面から乗り込んで、あの男の子のおとーさんじゃないおとーさん………まぁつまりは彼の義父になるはずだった人のところを尋ねた。散々追いかけ回していたからか私が誰かを名乗らずともすんなりと案内され、合間見えた直後の言葉がそれだ。
細長い体に頬も痩けてる。しかし鼻と口の間にある三角形を横にしたような髭と、これまた顎から逆三角のように垂れた髭はそれをいい感じに隠しているようにも見えた。両手の殆どに高価そうな指輪をつけ、首からも金色の装飾品をかけている。昔の皇帝とはこんなものだろうかとも思ったけど、多分ない。
私は、皇帝は気品があるものだと思ってるから。

「一人で乗り込み、何のようかね?それじゃあまるで策がない。美しさもない」
「大人数で小さな子供を追いかけるのに比べたら、美しく思いましたよ」
「………用件は」

気分を害したらしいその人は、早々に話を終らせたいらしい。いや違うな………さっさと彼を手中に収めて、欲を満たしたいのだろう。なんて、滑稽。
………でも私自身も滑稽だ。望んでいたものからはどんどん遠ざかっている。小さい頃から必死に努力して積み上げてきたものを私は、多分壊していってる。それがいいのかなんてわからない。でも、それがいいんだと思う私もいる。……こんなはずじゃ、なかったのに………な。

「結婚もしてない貴方に親権があるものか」
「おや?なんだあの餓鬼、見ず知らずの人間にそんなことを話したのか。それは躾をしなければならないなぁ……」
「いらない。躾を受け直すのは、そっちでしょうに」

普段なら滅多に出さないような低い声。といっても、女の私じゃそんなものはなんとも影響を与えるものではないのだけど。こんな強気でものを言うのすら久しぶりで、随分衝動で動いてるもんだ。
けど、向こうの言い方も、悪いと思うんだ。ねちっこくまとわりついてくるかのような声には気持ち悪さと寒気がする。笑い方だって厭らしいし、目だって見下してる。ニヤニヤと髭を撫でる姿がまたなんとも不愉快。

「親権がないのくらい知っている。しかしあれは孤児だ。心優しい金持ち、しかもあれの母と関係があったとなれば、引き取るのも簡単」
「そんな見せかけ通用しない…!」
「………見せかけぇ?」

ニヤニヤしていた口が、更に深く刻まれ、目を細められた。その変化にぞわぞわと何かが全身を這い上がっていく気がして、直感的にまずいと思った。
何度も言うが私は――空気が、読める。別に冗談でもギャグでもなんでもない。人一倍周りの空気を気にしてきた。だからこそ駄目だ。これは、嫌な空気だ。

「君の出身地がどんなだったのかは知らないが……ここでは、金が全てだ。金こそが信頼そのもの。金があれば、問題など何もない。それがここの治安の良さを保たせている。違うかね?」

ばさりと、宙に何かが投げられる。それが何なのかなんてこの世界に来て日が浅い私にはわかるはずもないが、察しがついた。―――周りにいたお付きのような人たちの目が変わったから。欲にまみれて投げ出されたその………紙を、見ているから。

(あぁもう…この男の言う通りじゃないか…!)

私は、馬鹿だ。冷静さを欠いてこの島だとか世界だとかなんて考えもしなかった。常識が一々違うし、それに何より、言われたじゃないか。治安は悪くないって。良いというわけじゃないってことだし、今日一日見ていたこの島の様子はあまり良く感じなかった。気のせいなんじゃないかとも思ったしエースさんは普通だから気にも止めなかった。
今まで何より頼ってきた自分自身に従わなかった―――私の失敗だ。

「教えて貰おうか。金ならやるぞ?」

ばさばさと再び束を撒く目の前の男に、随分な不快感と、同時に恐怖を憶えた。
欲にまみれた人間は怖い。特にお金が絡むと、人はどんどん地に落ちていく。………きっと、私を金で買い取れると思ってるんだ。金を手に入れるための、金。まるで利益を考えただけの契約のよう。駆け引きして自分が上手く立ち回ってのし上がるための、策略。もしくはその辺にいる男達に私を捕まえるよう動かすためのだろうか。どちらにせよ、そういう嫌な面では頭が切れるのかもな、この人。
でも私だって―――策略がなかったわけじゃない。

「案内したいのは山々。でも、無理ですね」
「…………どういうことだ?」

ちらり、何も言わず視線を窓に向ける。それに釣られて訝しげな顔をした男達は次第にはっとして、気付いたらしい。顔がどんどん歪んでいく。

今更気付いたって、遅い。

―――この家……いや、船≠ヘ。ロープによって陸にくくりつけてあるだけの船だ。そこを居住としてるってことは、よく島から出かけるかもしくは近々島から出ていくか。まぁ、どちらにせよそんなことはどうでもいい。
問題なのは、停めている場所。
長期、しかも住んでいるのだから港には置けないらしい。この船が置いてあるのは栄えてる港とはほぼ真逆。そしてそこには………島から出るのは楽だが、引き返すことは難しい海の流れになってる。この島に着く時に、ジョズさんが教えてくれた。そしてもう一度島に入るにもただ島を回ればいいってわけじゃない。かなり遠回りしないとこの流れからは抜け出せない。最低でも……一日は、かかる。

「貴様…ッ!」

古いロープを使ってた方が悪いんだ。あんなの、ちょっと切って時間さえ稼げば、気付かれずに船を出航させられる。
不敵に笑ってやったら、目の前の男の顔は更に歪んだ。


気違い?まさか。

私だって、怖いよ。
でも。



―――覚悟、してる。
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