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蝶は囁く


―――いなくなった。
エースがそう言って船に戻ってきたのが、かれこれ一時間前。

「畜生……ッ!」

息も服も乱しながら、走っていた足を一回止める。毎日丁寧にセットしてるリーゼントもぐしゃぐしゃだし、面倒になって完全に崩して後ろを紐で止めた。
―――待ってろ、エースがそう言って目を離した隙に彼女はいなくなったらしい。それがもし、いつの間にか彼女が自分の世界に帰っていました、っていうもんなら一向に構わない。寧ろ、ちょっと寂しいが喜んでやるべきことだと思う。……けれど、街を散策すればすぐにわかる。それらしき女の子と男の子が逃げ回っていたと、誰もが口を揃えて言うのだから。

「サッチ!」
「! エース!」

やはり息を乱しながら走ってきたエースに目を合わせるが、エースは首を横に振った。つまりは、見付かってない。それにほんの少し落胆しながらも、他に何か憶えてないかと聞こうとしたところで、エースがでも、と言葉を続けた。

「マルコが、多分あづさと一緒にいたっぽい子供みつけたって」

その言葉を頭にいれたと同時に、おれもエースも走り出す。道案内はエースに丸投げして、その間にも何か聞き出せたかだの何だの聞いてみるけど、多分エースも詳しくはわかってない。恐らくみつけたところでおれに知らせに来たのだろう。まぁ、向こうにはマルコがいる。一発目の顔の怖ささえクリアしちまえば、基本的には冷静だし子供に合わせた言葉を使えるはずだ。多分問題ない。
でもそれでも、安心なんて出来なかった。

(はは……いつからだよ…)

焦った心と対象的に、自分への蔑みのような笑いが溢れた。
ホント、いつからだよ。

―――この船……白ひげに乗るやつは、たいてい親父が家族としたやつだ。今まで例外はなかったし、最初警戒したり疑ったりしたやつだって最終的には家族になった。おれたちには鉄よりも固い絆があると、おれは思ってる。
だからこそ、彼女との距離感がわからない。
否定するわけでもよそよそしいわけでもなく、それなのに何故か遠く感じて、何処か壁を感じる。他人なんてそんなもんだったかと思ったし、それは仕方ないことだとも思ってた。だって彼女は居候であって、家族ではないんだから。

―――そう。……これはおれの、エゴだ。

マルコが、エースが、ハルタが………いや、隊長格の殆どが、あの子を気にかけてた。独特な雰囲気と裏を感じさせる、彼女を。そんなんだからあの子を構いたがるし気にかけるし居候会議なんかもしちまった。それは上がそうなら当然というように下のやつらにも伝染する。彼女が思っている以上に、おれたちは彼女に感心がいってるんだ。
だけど、あくまで他人。弁えてるんだ、互いに。感心があっても踏み込まない。簡単に踏み込んでいいなんて、そんなことはないと思う。だから今以上は何もしない。聞かない。それが調度良い距離感だと、判断した。誰が話して合わせたわけでもなく、それぞれの判断で。

でも、本当は。

………一番彼女に、あづさに感心がいってるのは、おれだと思う。

別に恋愛的意味じゃない。ただ単に、妹になって欲しいと……家族になって欲しいと、思った。他の兄弟がなんとなくでも気に入ってて、おれ自身も心地良い空間にいれる。そんな彼女が、ずっと船にいてくれたらと思った。そしてそれが不可能だということもわかってる。そこまで馬鹿じゃない。
だからおれは、エースたちに比べたら一歩下がって、あの子と関わってたのに。

(ばちが、あたったのかもな)

帰んのは仕方ないから、でもまだ、ほんの少しでも長く。この船にいて欲しかったから。―――親父やマルコに頼んで、ワノ国に行くには遠回りな航路にしてもらった。
……本当は、この島にある港の反対側の流れを使えば、一日で行けんのに。
おれはその事実さえ教えずに、寧ろ反対側は行かないほうが良いって彼女に忠告しちまった。疑われんのも嫌だったから、ジョズにそれとなく話して、あとで言っとかなきゃな、なんて誘導した言葉使ってジョズに言わせて。………家族を、騙すみたいに。


ばちが、あたったんだ。


家族に隠して。

騙すようなことして。

彼女を縛り付けた。


―――全部、おれのエゴ。


「戻って、こいよ……」

いつか、の別れなら受け入れてやるよ。もう、セコい真似はしない。短い彼女がいた空間を、大事にするから。おれたちのところにじゃなくても、このまま元の世界に帰るんだっていい。

だから、頼む。


おれの―――心の、家族を。

あづさちゃんを、無事に返して。
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