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背を向けた先には


―――結局、サッチさんも私達を引き上げる際に海にダイブしてしまって、全員びしょ濡れになった。なんとかそれぞれが舟に上がった頃には、あろうことか……私は、眠りについたようだ。

現実逃避の、悪い癖。


「――――……あづさ、ちゃん」

ぼんやりとした頭でゆっくりと頭を下げた。まだ周りが暗いし、体が濡れてるってことはおそらく舟が陸についただけだろう。時間なんか、それほどかかってない。

「おはよう、あづさちゃん。まだ眠い?」
「………サッチ、さん」

目を覚ましたばかりの私は舟の上で、サッチさんは舟がつけられてる港に足をついていた。――そして、差し伸べられた手。

迷惑、かけた…。
一気にせりあがってくる罪悪感と、頭の中のぐちゃぐちゃとで息が詰まる。さっきはエースさんが溺れるってのもあって、戸惑いなくサッチさんの手を取った。けど、それが正しいとは限らない。エースさんがいたから、エースを、助けるために………私を引き上げたってのも、あり得るじゃないか。この手を取って、いいのだろうか。

(……この人は、優しいひとだ)

表に出して怒るタイプだとは、思えない。なんでそんなことわかるのかと聞かれたら、当然根拠のない勘だとしか言い様がない。私の勝手なイメージ。
……知ることも、知ろうとも、してないのだから。

「あづさ!」

ごもごもと言い淀んでいたら、サッチさんの更に後ろに、ほんの少し息を乱したマルコさんがいた。それから、他の船員の人も。

「事情は島に残ってたガキに聞いた。そんでお前がなんとかしようとした奴らは、おれらが片付けた」
「……すみません」
「何やってんだィ、サッチ。早く引き上げなきゃァ風邪ひいちまうぜ」
「………」
「………あづさちゃん?」

ごく自然に投げ掛けられた言葉に、自分でも嫌な顔をするのがわかった。

―――あなたたちが怖かった。

そう言ったら、それは恩人に対する裏切りになるのだろうか。それとも、存在否定になるのだろうか。罪だと、責めることになるのだろうか。
けどそれはまた私自身も責めることになるはずのもので、そんな罪を背負わせたのは誰かと言ったら、間違いなく私だ。例え私が知らない彼らが、既に何度も人を傷つけていたとしても。数が多いからって薄れるものじゃない。寧ろその罪は大きくなるばかりで、周りも自分も、感覚が狂っていくはずなんだ。人の、命の重みに。

「……すまないねい」
「…え?」
「あづさに一個、謝ることしちまったよい」

黙って成り行きを見ていたらしいマルコさんが、そう言って私のところまで歩いてきた。当然私は謝られる覚えはないし、寧ろ謝るべきは私のはずで……仮に戦闘が起きたことを言うのであれば、それもまた筋違いなわけで。
なんとも言えない状況に、ただでさえ身長差がでかいのに、舟と陸というのも極まって更に上を向くことになった。
月が、マルコさんで隠れる。

「ちょっと奴らと相対したとき、口がすべっちまったよい。普段から思ってることは、反射的にでちまうとは言うが……悪かったよい」
「…何が、ですか……」

「―――おれの家族に、何してくれるんだよい!……ってな」

ドキリと、した。
悪かった、そういってるのに本人はいたって笑顔で、悪びれた様子なんか一つもない。それどころか、この夜の独特の静けさを利用してわざと響くように言っている気さえする。
聞こえなかったなんて、言えないように。

(なんで……)

――なんで、全部わかってるようなこと言うんですか……。


「……風邪、ひいたら困るだろい」

おいで。
小さく型どられた口元を見ながらも、やっぱり頭ん中ではぐちゃぐちゃして、ダメだとか、迷惑だとか、私にとっての事実ばかりが吐き出されていくのに。
……気がついたら手を取って、寒くないようにとマルコさんが自分の上着を私にかけてくれたりだとか。
サッチさんが張り合って脱ごうとしたのを、マルコさんが止めたりだとか。
それを見て、船員さんたちが笑ったりだとか。


そんな日常を……取ってしまっていたらしい。


「おかえり、あづさちゃん」
「サッチさん…」

真っ先に手を差し伸べてくれたことに対して、それから、真っ先に自然に話しかけてきてくれたこと。お礼も謝罪もしたくて、けれど先手を打たれたことにまた珍しくもたついて、名前しか言えなかった。
しかしそれでも、サッチさんは満足だったのかやんやりと微笑んだだけだった。

「それからね、あづさちゃん……おれもあとで、話があるんだ」
「話、ですか……?」
「うん……大事な、話」


でも今は、もうちょっと笑って。

そう続けたサッチさんは、もう一度おかえりと言って笑った。



「―――ただいま、…です」



――チクリと。

小さな針、ひとつ。

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