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青い海を捨てる(1/2)


―――昼に差し掛かる、少し前。

この時間帯は各々好きなことをしてる場合の方が多く、そうでなくとも此処には近付かない。此処に来ても食欲を促進するだけだし、邪魔しか出来ないってことをよく知ってっから。
だから今日は、おれとあづさちゃんだけで食事準備。

……つう、建前。


「サッチさん」

(――あぁ、ほら。来ちまった)

一日会わなかっただけなのに、その一日が随分長いものに感じられる。それはやっぱり、そんだけ心配して不安で……あづさちゃんが大事だって、証拠。おれん中じゃ他の奴らと同じ、家族なんだ。家族としか、思えないんだ。例え親父が言ったわけじゃなくても。

「………大丈夫そうだな」
「え?何がですか?」

――昨日は、あづさちゃんの色んな表情が見れた。安心した顔も、心の底からみたいな笑顔も。……怯えた顔も。
マルコとエースのところに着いた時には上手く隠してたけど、それでもわかる。海賊やって、長い間怯えられることに慣れてきたおれ達からすれば、ちょっとでもそんな気持ちがあるのならわかっちまう。隠しきれるもんじゃ、ねェ。

(オマケに……あづさちゃん、)

気付いてねェの?

小さな小舟の上で、おれ達に囲まれながら眠って。それは疲れから来てんだろうな、とは思ったさ。怯えた顔してたんだ。おれ達に安心して眠るなんてことは、まずあり得ねェって。……わかってたよ。なのに君さ、泣いてたんだぜ。「怖くない」って、小さく、途切れ途切れ言いながら。
なぁ、あれどういう意味だったの。頭と本能じゃ違うって話?恐怖感はあんのに、おれ達がいい人だとでも思ってたのかな。海賊、なのに?

せっかく見れた笑顔にすら疑心暗鬼になって、信じられない。ならいっそおれ達が怖いんだって証拠が欲しくておかえりなんて言ったのに、笑顔で返しちゃうんだもんな。至極幸せそうな感情がにじみ出た笑顔で、ただいま……って。しかも今日も、全然普通そうな顔して現れて、昨日の表情なんか一切面影なくて、おれがひたすら長く感じた昨日一日の出来事すらなかったかのような顔して現れてさ……。

―――ごめん。おれさ……耐えらんない。

「…話があるって……言ったじゃん?」
「はい」
「此処がワノ国だってのは、もうわかってるよな」
「まぁ、薄々は…」
「隣にあるって…一日で行けるなんて、思わなかったでしょ」
「………はい」


――おれの、せいなんだ。

逃げるように小さく呟いた声。反応が怖くて、あづさちゃんの顔すら見れない。
あづさちゃんに帰って欲しくなかった。まだ居て欲しかった。願わくば、ずっと。
だから船の航路を変えてもらった。親父に直談判して、あとちょっとでいいからなんて頼んで。……おれが、そんなこと、頼んだから。

「結果的にそれはあづさちゃんに嫌な思いさせちゃって、他のクルーにも迷惑かけちまって……」
「………」
「おれが……おれが、最初から。……あづさちゃんを、真っ直ぐワノ国に届ければ良かったんだ…」

そうすれば、彼女がこの世界の汚れを見ずに済んだ。汚い話だけど、おれ達が…おれが、良い人だって思われたままだった。クルーみんな気付いちまう程の怯えを見せることもなかった。……最悪だよな。自分の中で勝手に家族にして、勝手に我が儘言って、本来の家族すら巻き込んで迷惑かけて……あいつらみたいに普通にしてりゃ、あづさちゃんに、怯えられることもなかったんだ。あいつらが怯えられちまったのも、おれのせい。全部辿ったら、……やっぱり。

「――…全部、おれのせい」

ごめんって、また小さく呟いた。あづさちゃんは、何も言わない。
やっとのことで視線を彼女の目に合わせたのに、彼女はただおれを見てるだけ。ちょっとだけ、機嫌悪そうな顔して。不愉快そうな、顔して。
そんなの、予想してた。予想してたのにおれは内心ショック受けてる。不安で、怖くて、悲しくて仕方ない。嫌われんのが怖いのかね。今更って感じなのに。こんな話聞いたら気分害するだろうし、知らせないままの方が良かったのかもしれない。けどこれもまたおれが勝手に、罪悪感から逃れたくて、暴露した。彼女の気分を更に害するような、真実を。……ハッキリ嫌われた方が、いっそ楽だ、って……なんつう、自分勝手。
はぁ、と。溜め息が聞こえた。それにすらドキリとして、じわじわくる緊張感。心臓の音も、早くなる。
あづさちゃんはあからさまに態度を崩して、おれを見た。一切、ブレずに。


「……だからなんですか?」
「……へ?」

予想外な言葉に、思わず間抜けな声が出た。え?だから何、って、どういうこと?誠意を見せろ的な…こと?
彼女を呆れた顔して、続けた。

「…確かに何だこの人とは思いましたよ。何言ってんだ、とも」
「……」
「けど別に……そんなに謝るものじゃない」

あづさちゃんは、笑った。
昨日みたいな笑顔ではなくて、この船に来てからずっと見せてた笑顔で。本心とは思えないって、おれ達が散々言ってきたあの笑顔。……なのに。

――どうしようもない、安心感。


「総称して私がどう思ったか、教えてあげましょうか」

その笑顔のまま、告げる。


「――バカですね、サッチさん」


―――貴方たちにもらったものに比べたら、全く問題ないものでしょう?


えい、っとかわいらしい効果音つきでデコピンされた。
それは決して年上にやる行動じゃないし、ましてや今までのあづさちゃんだったらやらないもので。そう、いつもならなんか……あれだよ。そのまま流して他に何か用あります?みたいな雰囲気出して話終わらせちゃう子じゃん。自分の中じゃ結論出たし伝えたしこの以上意見は変わりません、みたいな顔してさ。……なのに。
ぞわぞわする。嫌な意味ではないはずだけど、なんかこう、むず痒い、なにか。

(……あぁ、そうか)

―――昨日の笑顔を受け止めらんなかったのは……、


「…変わるのが、怖かったから……」
「はい?」
「………ううん。なんでもない」

――怯えてたのは、いつだっておれの方だったんだ。

とくとくと、和やかになる自分の心臓の音に、いつの間にか入ってた肩の力が抜けて、笑えてくる。
やっぱりこれもおれの勝手な不安で、緊張。あづさちゃんを信じ切れなくて、それ以上違うものが見たくなくて、純粋な彼女に焦がれたんだ。だから何も知って欲しくなかった。変わらないでいて欲しかった。何も知らないで欲しかった。……そんなこと思わなくたって、彼女の根本は変わらないのに。

お昼になりますよって言って、そわそわ動き始めた彼女を見て。
実はもう用意してんの、なんて……いつもみたいに、返した。


いつもみたいに、返せた。



気持ちが軽くなり過ぎて

違和感にすら、気づけない




おれが見た、彼女の最後。
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