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いつか君との道が外れようとも


例えば。
あづさとおれが、同じ世界で出会っていたらと想像したことがある。
それはまず大前提に、あいつの今生きてきたものを全部ひっくり返して全く違うあづさが、とか実際なってみないとわからないものはすっ飛ばして、おれの世界で育って、この世界みたいなあづさになった、あづさ。よくわからないけど、そんな前提。
つまりは、こっちの世界の枷がないあづさ。
それを考えた時に、すごくしっくりした。なんでこんなあづさに拘るのか。本人の意思すら無視して連れていきたいと思うのか。海賊としての性みたいなもので、手に入りにくいからこそかと思ったけど、そうじゃない。そんなただのスリル求めてるような理由じゃない。

会えないからこそ、傍に欲しい。

同じ世界の人間なら、会おうと思えばいつだって会える。広い海が、おれが海賊だというリスクが、邪魔をしても。それでも会えないわけじゃない。海なら越えていける。海賊だっていっても、そんな細かいとこまで政府も見てはいないだろう。それでも何かあるというなら、守ればいい。
けど、世界が違うとなればそうはいかない。
そう簡単に次元の壁は越えられないわけで、あづさがおれの世界にきたことも。おれが今あづさの世界にいることも。本来ならあり得ないことだ。現にそんな例は聞いたことがないし、どうしたら行けるのか、実際に体験したおれすらわからない。それなのに、どうしてこの先も会えるなんて言える。
どちらかを手離したくないなら、どちらかの世界にいくしかない。おれもあづさも、互いに自分の世界に譲れないモンがあるのはわかってる。
だからここからは、海賊としてのおれのエゴだ。


―――その電話を受けたのは偶然だった。
もう既に、わざわざ早起きしてみづめとあづさが学校に行くのを見送るのは習慣となっていた。その後布団干して朝メシに使った皿とか洗って、昼寝して起きたら用意してもらってる昼メシ食って、布団取り込んで好き勝手してたらみづめが帰ってくる。まずいなと、もどかしいと心の内で思いはすれど何も出来ない日々。それが最早、日常となりかけていた。

―――その電話を受けたのは、偶然のはずだった。

いつもはうるせぇなと思いながらも、留守電に切り替わることを知っていたから無視していた。電伝虫と同じ機能を持つはずの電話。おれ達の世界とは違う、電話。
なのに今日は――あの瞬間は。いつも音に驚くくらいで済むはずのそれを、出てはいけないとわかってるからこそ何もしないそれを。
出て、しまったんだ。
まるで、吸い寄せられたかのように。


「……あづさ」
「あ、ただいま帰りましたー」

あづさに変化はなかった。いつも通り。当然だ。
胸の奥がざわついた。電話に出る前に感じた、よくわからないもやもやの正体はもうわかってる。今度はその時とはまた違うもやもや。胸の奥がまたざわつく。心臓が、うるさい。
おかえりも言わないことを、不思議に思うだろうか。電気をつけてないところにびっくりして、それどころじゃないんだろうな。みづめは一旦帰ってから出掛けた。――なんでお前、いつもより早く帰ってきたんだよ。

「エースさん?」

――もやもやする。
不思議そうにおれを見上げる顔を、殴ってやりたくなった。ぐしゃぐしゃに頭を撫でてやりたくなった。昼間に聞いた内容が頭ん中をぐるぐるしては、好奇心が芽生えた。聞いていい内容かは知らない。きっとよくないのだろう、この姉弟にとっては。きっとあづさも、隠したかったことのはず。
――だけどおれは、その話を聞きたい。
あづさのしがらみ。あんだけおれ達に惹かれてたくせに、この世界を選んだわけ。それが全部、繋がる気がした。笹谷あづさという人間を、理解できる気がした。

「あのさ……あづさ」
「はい?」
「悪い。……今日、電話出た」

ぴたりと、あづさの体が固まった。かと思えばすぐに落ち着いて、けれどどこか瞳は揺らいだまま、明らかに作ってる笑みを浮かべた。

「……電話、なんだったんですか?」

――かすかに、声が震えてるのがわかった。
自分の傷口は隠したがるのに、他人の傷口を抉る。……おれがやろうとしてるのは、最低なことかもしれない。
……それでも。 


「電話出るなり、すげえヒステリックになんか言ってたな。
―――みづめの、母親が」


あづさの顔から、完全に笑顔を消えた。
揺らぐ瞳。そん中にある、真っ直ぐな意思。

おれはそれを、眺めてただけ。
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