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投げ捨てられた荊


―――みづめの、母親。

ドクドクと、心臓が鳴る。バクバクと言った方が正しいかもしれない。何かを言おうと口が開閉を繰り返すけど、言葉を捻り出すはずの脳は完全にフリーズしてる。肯定も否定も出来ない。エースさんから視線を逸らすことすら出来ない。逃れる術が、わからない。

「……別に、さ」

エースさんが、先に口を開いた。

「………話せなんて言わねェよ。事情なんてもんは、誰しも持ってる。踏み入れられたくない部分だって、そりゃあんだろ」

フリーズしてる脳が、必死にエースさんの言葉を噛み砕いて理解させようとしている。けれど脳と感情は別物。これ以上何も言わないで欲しいと、怯えてる部分の方が大きい。
――わかってる。エースさんの目が、罪悪感で埋ってることも。今言っている言葉が、自分の過去を含めた言葉であって、そしてだからこそ聞けないという現れだってことも。……わかってる、はずなのに。
「だけど」……エースさんが、続けた。

「おれの存在が、迷惑だってのはわかった。お前たちが、どう思っていようと」
「………え…」
「ヒステリックに叫んでたって言っただろ。男連れ込んでだとかやっぱり信じられないだとか、んなことばっか言ってた。……おれが電話に出たのが、悪いんだけどよ」

ぐらりと。
頭の中が、歪む。今度こそ、フリーズどころじゃ済まなくなってる。
エースさんは、何も悪くはないのに。
電話の相手が誰かはおおよそわかる。今聞いた限りのことでも、あの人が何を言いたいかもわかる。きっとこれは後々制裁となって、私に降りかかることだというのもわかる。
助けてと、言いたいくらいだ。

――わかってる。……わかってる、のに。

ふつふつと胸の内から何かが溢れては溜まっていく。仕方ないことだと、自分のせいだとわかってるのに止められない。感情と理性とでも言おうか。
嫌な人間だ。
今気を緩めてしまったら、言いたくないことを言いそうで。でもそれを思ってる時点でもう既に嫌な人間なわけで。エースさんはちゃんと謝罪してるし悪く思ってるのに、私はエースさんが心に抱いてる方ばかりに気がいく。
言われなくともわかる。知りたいと、何かしたいと。その目が言っていることを。

「……大丈夫です」

悪いのは全部私。
責任も全部私。

「でも」
「いいんです。なんとか出来ます」

いつだって、そうだったんだから。

「あづさ、」





「ッ放っといて!!」





目頭が熱い。頭も痛い。
喉の奥もひりひりと痛みだして、嗚咽が漏れそうな口をきゅっと噛み締める。痛い。
エースさんが息を詰まらせたのがわかった。それに対してちゃんと説明しようと、今の言葉を否定しようと思うのに、やっぱり言葉は出ない。言いたくない言葉は出るのに、なんで言いたいことは言えないの。

触れられたく、なかった。
私が縛られてるものなんか、エースさんに比べたら全然軽くて、あの船にいる人たちなら全然乗り越えられるようなことで。
私はこんなに弱い人間なんだと知られたくなかった。
エースさんの過去を知ってるからこそ、嫌だった。
なんとか出来ちゃうようなあなた達も、それにすがってしまいそうな私も。全部全部嫌。これが例えば他の人……よっちゃんとかみづめ君とか。大事にしてる彼らがもし電話を取ったとしたら、きっと私はまだ気持ちに余裕があったはずなのに。
なんで。なんで、エースさんだけ。

その内ぼたぼたと涙が溢れだして、情けない気持ちになる。こんな私は私じゃないって、意味なくそんなことを考える。泣く理由がわからない。今までずっと、泣かなかったのに。


「ほっといて、下さい……」
「………」
「エースさんは、何も気にしなくていいんです。……なんとか、できますから」

声が震える。情けない。嫌だ。こんな自分認めたくない。
言うだけ言ってもうどうしようもなくて、早足に自分の部屋に駆け込んだ。そのまま鍵を締める。
途端に更に緩まる涙腺に比例するように、唇を噛み締める。痛い、馬鹿じゃないのなんて、やってることや感情とは逆に頭の中では冷静で、どこか自嘲気味だった。

電話くらいなら、いくらでも言い訳出来たのにね。
エースさんが年上だからだろうか。それとも、ただの劣等感?同族嫌悪?

何にせよ、今の私は最悪だ。取り返しがつかないくらいだ。
馬鹿じゃないの。そんな言葉ばかり浮かぶ。


―――エースさんには、関係ない。


うっかりそう言いそうで、怖かった。
でもそれが一番言いたかった言葉だということが……何より、怖かった。


怖かったんだ。
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