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―――船にいた時に、船長さんと話をしたことがあった。
あの船の人たちの優しさを、私はことごとく受け入れず、踏みにじり、傷つけてきた。それも無意識なんかじゃなくて、意図的に。あの人たちの純粋な良心を、踏みにじった。
ただの、自己防衛のために。

―――…私は……











「………あづさ?」

寝起きで少し枯れたエースさんの声が聞こえた。
視線を手元のコーヒーからゆっくりとエースさんへと向ければ、エースさんはなんでいんのとばかりに目を丸くして驚いていた。それもそのはず。時刻は午前10時。普段ならとっくに学校にいく時間だし、現にみづめ君は……学校にいった。

「おはようございます、エースさん」

お…う、とエースさんがどもりながら返した。それに私は比較的落ち着いて笑い返す。エースさんは更に困惑したようだった。

―――私は、自分自身が器用な人間ではないと思ってる。
どちらか1つを選ぶなんて出来ない。自分の希望と周りのことと、2つにも配慮できない。だからずっと、片方だけを選んできた。それ自体が私の願いでもあるからと、私の中では正しい判断だと思って。
………それを、みづめ君は違うと言う。
いや、みづめ君だけじゃない。前からずっと、言われていたのかもしれない。そういう空気があったのかもしれない。空気は読めると思っていたけれど、実は何も読めてなんかいなくて、私は何かに気付かなかったのかもしれない。
マルコさんの視線も。
イゾウさんの言い方も。
サッチさんの思いも。
船長さんの言葉も。

……エースさんの、行動も。

私は何一つ、わかってなかったのかもしれない。
何一つ、わかろうとせずに……向き合わなかったのかもしれない。


「エースさん、私今日学校休んでるんです。あ、みづめ君は学校行きましたけど」
「……いいのか?」
「はい。……いいんです」

……ホントいうと、頭の中では全く整理なんかついてないんだ。
みづめ君は、泣きそうな声だった。泣きそうな、顔だった。
それなのに、私に行けという。笑って、大丈夫だという。……お姉ちゃん、だなんて。言ってまで。 
私は……私、は。
ダメなんだと、思っているのに。不謹慎で、無責任で、自己中なんだとわかってるのに。みづめ君の気持ちだってわかってるのに。……なのに。

(……あの言葉はまるで…)


―――私を、解き放つかのような気さえして。

ぎゅっ、と。
痛いくらい、心臓の上の服を握った。
どうしていいかわからないほどで、私にとっては初めてのことで。

―――船長さん

もう遠い日にすら感じるような、それでも鮮明に思い出される記憶。

……私、は――


「――船長さん。改めまして、船に乗せて頂きありがとうございます」
「グラララ、気にすんなァ。ここにいる限りは、おれ達のことは家族と思ってくれていい」

「――それです」


それは。
私が、船に乗ったばかりの時に。
先手を打った、はずだったのに。

「私は、居候でいいんです。……家族は別にいます」
「……そうか。けどまぁ、楽にはしてくれて構わねェ」
「………」
「………」
「……船長さん……私この船の人たち、凄く好きです」
「………」

暖かくて。
優しくて。
心地よくて。

―――嫌になる、から。


「だから、お願いです」


私が私で、あるために。





―――私に優しく、しないで下さい





ぎゅっと。
もう一度手に力を込めてから、ゆっくりとほどいた。前を見据えて。
頭の中から、意識を戻した。

「――エースさん」

お話を、しましょう。


いつかの言葉と同じように言えば、エースさんの目が一瞬揺らいだ。

「……あぁ」

そう言って、テーブルの向かい側にエースさんは座った。こんな時間の静けさに、カチカチと鳴る時計の音が響いてる。静か過ぎて、まるで切り離されたかのような錯覚すら覚える。
――迷ってないかと言われたら、嘘になる。
まだ、迷ってる。船長さんの言葉。イゾウさんとの会話。サッチさん、マルコさん……あの世界にいた間に貰った、たくさんの言葉。
そして。……みづめの、言葉。
とても一晩じゃ考えがつかないくらいで。けれどやはり、避けられない。もう、逃げられない。……逃げないって、決めた。

「……エース、さん」

切り出し方は、またいつかの日のように。
あの時より声も震えてるけど。
相手も、違うけれど。


「私の話を、聞いてくれますか」



何故だか安心するのは、あなたも同じで。
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