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進む意思は胸の内に(1/2)


「まず、聞いていいか」
「はい」
「お前とみづめに……血の繋がりは?」

――私の発言に頷いたエースさんには、戸惑いが消えていた。
それはきっと、私の意思が通じたものだと解釈して、お互い真っ直ぐ、今度こそ何もかもとっ払った状態で話せる。縛りつけていたものは、もうなくなった。

「…………ありません」

エースさんは、そうかとだけ言った。

「……何でそう思ったかはまぁ置いといて……先に言っておきますよ。私は血なんか関係なく、みづめを弟だと思ってます」
「……ん。それはわかる」

おれもそうだから、と言わんばかりの顔をされた。
そして私も、そう返ってくることは予想していた。

「………でも、戸籍上でも弟、なんです」
「コセキ?」
「あ、えっと……なんだろう。法律、なのかな……?詳しくは知りませんが、正式な家族として登録してるというか……」
「養子みたいな感じか」

―――痛いところを、突くなぁ。
少し違うとはいえ、ニュアンス的には近い言葉だ。思わず苦笑いすれば、エースさんが口をへの字にした。別にあなたは悪いことはしてないよ。

「………養子、ではないけれど。似てるといえば、似てるのかもしれません」
「………」
「エースさん、私が助けようとした男の子の話、知ってますか?」

おとーさんが死んじゃって。おかーさんが、おとーさんじゃないおとーさんと付き合って、でもおかーさんも死んじゃって。
――おとーさんじゃないおとーさんは、財産がほしい。

あれはまるっきり、私と同じだ。


「……私も父を早くに亡くして、七歳までは母が女手ひとつで育ててくれました」

けれど。
私とあの男の子には、決定的な違いがあった。

「……母はある男性と出会い、その人は父が残した財産目当てでした。そして結婚したと同時に父が残してくれた全てを持って、あの人はいなくなりました。
……母はその後、過労で亡くなりました。義父がいなくなってから、本当にすぐあとです」

とても誠実そうな人で、私とも遊んでくれる人だった。
だけど私は……その人の目が、目の奥にある冷たさが、怖かった。

財産も、生活費も、貯金も、おかあさんたちの、結婚指輪さえもあの人は、持っていった。
完全に信頼していた母は、ショックと、その反動による過度な仕事による過労死。
大切なひとを、二度失う痛みに、母は耐えられなかった。

「そこで私の引き取り先を決める時に……あの人はまた、現れました」

どこから聞き付けてきたのかわからない。
けれど何故か現れて、婚姻関係は続いてたと主張し、私の親権を手にいれた。

「……私は、その人に引き取られました。母の保険と、一緒に」

……私とあの男の子の決定的な違いは。
私は、逃げなかった。逃げることが出来なかった。逃げるという、発想がなかった。
怖いとも思ったし、状況を理解出来ていたわけでもないのに。私は何もすることができずに、抵抗することも出来なかった。助けてくれる人も頼る人も、いなかった。

「義父は……まぁ、虐待されてたわけでもないし、最低限のことはしてくれましたよ。罪のラインは越えなかった」

その辺は、運が良かったのかもしれない。
毎日お腹は空いていたけど、少なくても食事は貰えていた。洗濯も出来たし、お風呂にも入れた。言い付けられた上限さえ守れば、生活費は出してくれていた。ギリギリ生きていけていた。
ただあまり、帰ってはこなかったけど。

「そんな生活が続いた時に、女の人が訪ねてきたんです」

定期的に、生きているか確認しにくる義父。
私に家事をやらせ、あわよくばいつか稼がせる気だったらしい義父。
彼以外の人間がアパートに来るのは、初めてのことだった。

「………その人、は」
「………」
「妊娠してて……臨月だった、みたいでした」

どうやら義父の恋人だったらしいその人は。
突然連絡の取れなくなった義父を探して、私が置かれているアパートを突き止めたようだった。

「………その人は裕福な家の女性で、本気であの人を愛してたみたいです」

それを。
それを、あの人は。
あの人は、また。

―――裏切った。


「彼女は純粋そうな方で、義父の真意に酷くショックを受けました」

病んで病んで、病んで。
言葉の通り彼女は、精神に限界をきたした。
何もかも全て信用して、裏切られて、傷つけられて、それでも愛していることに。恨んでいることに。
彼女もおかあさんも、ただ好きだっただけなのに。

「そして彼女は………自ら命を、絶ったんです」

裕福な家庭に生まれた彼女は、周りから愛されていた。彼女の死は衝撃を与え、遺族は義父を訴えたが、義父の行動は罪には問われなかった。
結婚詐欺ではない。結婚はしたのだから。
騙しとったわけでもない。更にいうなら二人が亡くなったことは本当に偶然で、義父が何かしたわけでもない。
そして今まで、私という前妻の子供を一応育てられているということが、彼の罪を薄れさせた。
母と彼女を惑わした、あの誠実そうな態度を貫き通して。

「こうして私の両親、そして義父とその恋人の関係は終わっていきました。罪には問われなかったけど、義父はもう私にも彼女の遺族にも近づけなくなりました。では残る問題は、ひとつですよね」

確かめるようにエースさんに言えば、エースさんは今の流れを理解できたようで、頷いた。

「命を絶った恋人は、臨月だった」

……彼女は、悪い人ではなかった。
私と義父の話を聞いた時にも、動揺して今にでも壊れそうではあったけれど、それを私にぶつけることはなかった。話してくれてありがとうと、私に気遣ってくれた。
そんな彼女が、誰かを殺すはずがない。

「そうです。お腹の子は助かりました。そしてその子供が――、」

エースさんの手に力が入ったのが見えた。

「………みづめか」

はい、と頷けば、エースさんは口をへの字にした。
その顔があんまりにも、まるで自分のことのように共感してくれているのがわかって、思わず苦笑してしまう。

けれど私にとってはここまでの出来事は、大したものではないんだ。


「彼女を失った遺族は、義父の子供を恨めしく、彼女の子供を愛しく思いました。そして何より、跡取りですか?そんなのが欲しかったんでしょうね」

――みづめは生まれた時から、大人たちの勝手な都合と渦中に巻き込まれた。

「私はその当時……一応、その家に引き取られてたんですけど。……みづめの状況が耐えられなくて、連れだしました」

討論だとか、期待だとか。
愛情と憎しみが混ざりあった感情の中に置かれて、本当の意味でみづめの味方をしてくれる人なんていなかった。
ひっそりと泣くあの子に気づいて。
毎日泣くあの子を見てられなくて。

―――僅かに残った両親のお金を持って、私があの子を家から出した。

馬鹿だったと思う。
普通じゃしないようなことで、実行しても続くはずのないものだった。
……だけどみづめは、すごく嬉しそうに、すごく安心したように……自由に、はしゃいでいたから。
私はそれを、継続させた。

「エースさんが電話に出た相手は……みづめ君の叔母だと思います。何年も論争した結果、私とみづめが此処で暮らすことに納得させました。みづめが大事らしくて、生活費も出して頂いてます。……監視みたいなこともされてるし、何かあればすぐにでもあの子を家に戻すつもりでしょうけど」

みづめは、ことの詳細を知らない。あの家に戻らず私と暮らせると聞いた時、彼はすごく喜んだ。だから私はその笑顔を、彼の自由を守ると決めた。

それが、私達の生活。
私達の歩んできた道。
私が、選んだ道。


………エースさん。


「―――これが私の、全てです」
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