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抉じ開けても無駄


別に戻りたかったわけじゃない。
けれど、どうせ同じことしたんなら、と学校帰りにノンアルコールシャンパンを買って来ちゃったのは事実。これがなんてことないただの気休めだってことも自覚してる。
沈んでいく気持ちとか、感傷に浸る気持ちを――抑えたかった、だけなのに。

気休めは全部意味を無くした。


「…姉さん?」
「あ、お帰りー」

でや!と短い掛け声をかけて林檎を一刀両断。
サァっと。みづめ君の顔から血の気がひいた。

「ばっ……何やってんの!」
「んー?家事」
「はぁ!?」

ランドセルをソファに投げ出して、みづめ君が駆け寄ってきた。何か危険を察知したんだろうけど、先に言っておく。多分包丁持ってる人のところに駆け寄ってくる方が危ない。あとランドセル投げ出すのもどうかと思うんだよね私は。
……まぁ、みづめ君がなんで血相変えたかは、わからなくはない。

「やっぱり……!姉さんバカじゃないの!これ絶対夕飯にする気だったでしょ!?」
「いや、みづめ君のはこっち」
「違くて!」

仕方なしにとりあえず包丁を置けば、みづめ君が随分不愉快そうな顔をした。
なんで怒るかって……私の、管理能力の問題なんだけどね。

私は、普段はちゃんとしてると思う。けど、どうもめんどくさくなると自分はまぁいっか精神が発動してしまう。……つまり、みづめ君の分はちゃんとするけど、私のは適当ってね。今の場合でいうと、私は自分の夕飯を林檎で済まそうとしてた。
最近特に心配性になった彼は、それにつっかかってきてるのかと思われ。あは。

「俺やるから、姉さんあっち行って。せいぜい無い脳ミソに知識詰めて進路決めなよ」
「………みづめ君人の心抉るの上手いよね…」

うるさい、とまた機嫌を損ねたらしい弟の髪をぐしゃぐしゃと乱して、大人しく部屋に退散することにする。
ばたん、と。部屋の扉が閉じて、やっと出るため息。

「…………バカだなぁ、もう…」


―――本当に心が、抉れた気分だ。

わざとなんだ。ごめんね。みづめ君ならきっと焦って追い出すだろうって思ってた。だからやったんだ。………一人に、なりたくて。

帰ってきてすぐに掛かってきた電話が、全部だった。今までの私の全て。これからの私の、全て。気休めすらおこがましくて、図々しいにも程がある。彼らには最初から選ぶ道があって、私にも選ぶ道がある。過去は捨てられない。私には選択肢は一つしかないのに。私は……この世界しか選べない。選んじゃ、いけないのに。

――今更そんな事実を再確認するなんて、なんて滑稽。

彼等が家族を大切に思うように。私にだって――守らなきゃならないものが、あるんだ。
みづめ君はどんなに大人びていてもやっぱりまだまだ子供で、一人じゃ生きていけない。世渡り上手だとか周りに言われようが、私には弱くていつまでも心配な弟なんだ。だって、……私が守らなきゃ、誰が守れるの?

ただでさえ今彼は私に対して不安でいっぱいなのに。これ以上、心配させるわけにはいかない。


「進路……なんて、さ…」

似たようなことを、電話越しでも言われたよ。
だけど不思議だよね。みづめ君も確かに心抉る言葉だけど、すごく気が楽なんだ。全く不快じゃない。重くない。まぁ、あの子自身に悪意が無いのもあるかもしれないけど。


「――崖っぷち高校生……」


脳内で流れる映像には苦笑しか漏れなかった。


自由に駆けて行きたいなんて、そんな幻想はもう持ってないよ。
とっくの昔に、消えたから。
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